第165話:ピロピロピロピロ
翌日、医者がやってきた。女の子たちを全員診てもらったところ、栄養失調と精神に負担がかかっていたことと、今後の処置について指示があった。金額的に結構な負担になるが、一度に支払うわけではないので、俺たちが借金を背負うまでしなくて良かった。
リリアンヌの店のオープンは夕方からだった。だけどこの日は忙しかった。栄養が足りていない人へ何を食べさせるのかということで、野菜を煮出して出た塩気の無いスープから試すことになった。
急に高い栄養を与えてしまうと、心臓が適応できないことがあったり、呼吸不全、痙攣など何が起きるかわからない。味わうことに関してはもう少し先にしてもらって、今はビタミン、B1、B12とCあたりなど摂れそうなところからが良いと提案した。
心のケアは、楽しんでもらえるような人形劇や紙芝居、犬猫の動物ケアを試すことにした。今のところ表情が無いので、こちらも徐々に感情が回復していけたと思う。
「……しかし、タナカは本当に色々知ってるんだけど、17歳だっけ? うそでしょ?」
リリアンヌにまた疑惑を持たれてしまっている。とはいえ、知識を絞り出してケアしていかなければならないので、適当でも答えて納得させるしかない。
「そうなんだ、俺は2000年後の未来のピロピロ星から来たんだよ。今より発達した文明によって、人は120歳まで生きることが可能なった世界なんだ」
「……へぇ」
嘘だということはバレている。だけど、リリアンヌも大人なので「そういうことにしておくよ」と今は女の子たちのケアを優先してくれた。
横でエルフリーデが笑っている。
「ちょっと、タナカ、面白過ぎるんだけど」
「いや、2000年後のピロピロ星ってのは本当だよ」
と真顔で答えてみたら、エルフリーデも笑いを止めて「マジ?」と血の気が引いたようにガチで言ってきた。
「大嘘です」
正直に言うと許してくれたが、横腹に一発グーパンチを食らった。さらにそれを見てクリスティアンが爆笑している。
*
昼過ぎ一段落ていたところ、リリアンヌのところへ会った帰りのダニエマが訪ねてきた。
「どれだけ感謝してもしきれない」
膝をつき涙を流し、俺とエルフリーデの手を握って離さない。横には娘さんが立っている。この子まで鬼畜な扱いをするには、ユングフラウも良心の呵責があたのだろうと思いたい。やせ細ることもなく、5歳くらいだろうか、きちんと成長しているようだ。
「顔を上げてよ、ダニエマ」
エルフリーデがダニエマの体を抱える。娘さんはキョトンと俺たちのことを見ている。
「でも……」
あの女の子たちの姿を目の当たりにしたことで、自分のしてきたことの恐ろしさを正確に実感できたのだろう。握ってきている手は震えたままだ。
「大丈夫だから、私たちが責任もって復帰できるようにするから」
抱き寄せ、俺たちがリリアンヌとロドリーゴと協力してケアとフォローすることを伝えた。
「私は弱い……悔しいけど弱かったし、今も弱い。まだ迷惑をかけた人たちに会う勇気が無い。だからこの街を出て行く。でもその施設には協力させて欲しいの」
商業ギルド経由で施設の資金提供をする約束を、リリアンヌに話をしてきたとのこと。しっかりと書面にしていて、自動的にギルドから毎月利益の8割を振り込むと書かれている。
「ちょ、そんな額大丈夫なの? 娘さんもいるんだし」
俺は驚いた。いや、俺のギルドからの利益は薄く、生産者に多く行き渡るようにしているのですべて合わせても少ないんだけど、にしても、8割は大きいはずだ。
「いえ、大丈夫よ。私と娘、マドレットが食べて行けるだけで十分なの。私にはこの子がいるだけで十分なのよ」
そう語るダニエマが娘さんを見る目は、ダニエマに会ってから初めて見る優しい目だった。彼女の心のケアは娘さんが担当するんだろう。
「それに、私、結構稼いでたのよ? むしろ9割って言ったんだけど、リリアンヌに8割って書き直させられたのよ」
「それなら良いけど……この子を不幸にしちゃだめだよ?」
目を向けると、事情を分かっていないこともあるが、娘さんは無邪気に俺にも笑みを返してくれる。
「そうね、この子以上の幸せは無いと思ってる。逃げる自分への罰として、最期まで罪を背負わせてもらいたいと思ってる。今回のことは絶対に忘れないようにする意味でも私は支払っていきたいの」
商人としてできる最大限のお詫びということが、彼女のこの行為なんだろう。それは俺が否定することではないし、尊重しなければならない。
「じゃあ、行くね」
「あぁ、お達者で」
手をつなぎダニエマは自分の船を係留している川岸へ歩いていった。
お互い商業ギルドに所属していることもあり、調査をすれば簡単に居所はわかる。何かあれば連絡も入るだろう。これから無事に過ごせることを祈ろう。神様の加護がありますように。
*
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