第164話:社会復帰のために

 時間はかかったが、無事にアンシャンヌの、リリアンヌの店に帰ってきた。


 女の子たちはお店や家族に方句を済ませ、一時的に店の上にある宴会場で休んでもらっている。明朝すぐにでも医者に来てもらい健康状態を確認してもらうことにした。


 俺たちは休日で閉めていた1階のフロアの椅子に腰を掛けている。みんな、疲れ果てている。


「濃~~い、夜だったね」


 背もたれに体をまかせっきりのダラけた状態で、思ったことを口にするだけで精一杯だった。


「だね」


 机にうつ伏せになり、モゴモゴと答えてくれるエルフリーデ。


「……」


 あとはとくに会話が続かない。クリスティアンは柱にもたれ掛かっている……と思ったが、そのまま立った状態で眠っているようだ。ピクリとも反応が無い。あれだけの活躍なので、力をマックスに使い切ったんだろう。


 見渡すとミヒャエルの姿が無い。リリアンヌに尋ねる。


「あぁ、彼は通常に戻ってるみたいね。休んで良いって言ったのに」


 ということなので、つまり店の仕入れの警護などに戻ったということだろう。彼も結構動いたのに、すぐ戻れるとは、クリスティアンと違って強化されたからなのだろうか……あまりそのあたりは考えたくないが、彼自身、それを善の方向に使えてるのなら今は良いことなんだろう。


「真面目だな~」


「そうね、ロドリーゴのところから紹介された人たちは、基本的にしっかりと働くわよ」


 ロドリーゴ……自分を卑下して人買いをやっているという、訛りの強い少しふざけたこの街の人物だ。前の戦争などで困っている人物を、奥さんと二人で人材紹介+ハローワーク+職業訓練校的なことをやって、人材に育てる――そこまで考えて、ふと考えが沸き上がってきた。


「ねぇ、リリアンヌ。ロドリーゴに相談できないかな?」


 何かアイデアが降ってわいてきた時、精神的に体は元気を取り戻せる。


「……そうね!」


 この人もさすがに商売人。リリアンヌも似たようなことを思いついたみたいだ。


「どうしたの?」


 と、盛り上がっているのでエルフリーデも興味を持ったのか、顔を上げる。袖の形が顔についているけど、それはそれで可愛い。


「上の女の子たちの人材教育をロドリーゴと一緒にできないかってこと……だよね? リリアンヌ」


 俺の思い付きだったが、リリアンヌ大きく頷いている。


「私は、夜の商売を否定することはしないけど、戻ってきたあの子たちに、それが向いているとは思えない。でも、他に何かできるのかというと、今のままではかなわないと思うから」


 言っている内容は明るい物ではないが、希望が見えてる話なので、リリアンヌも悲観的にならず言っている。


 そう言われるとそうかもしれない。そのまま復帰させるには酷だろう。このヌーヴェルバスク共和国の首都のアンシャンヌは、物流だけじゃなく人流も多く、商売も盛んだし、これから発展していく可能性も高い。そうなると、人材は不足してくるはずだ。


 今日の段階で、女の子たちの体も心もボロボロだろうけど、希望、働ける希望を持たせることができれば、生きる意欲が出てくると思う。


「強制するわけじゃないけど、俺たちは手段を考えて用意して、選択肢を持ってもらえる環境を作れるならやるべきかと思うんだ」


 また夜の仕事に復帰したいという人もいるだろうから、恩着せがましいのは良くないと思う。選んでもらえるようにしたい。


「それは良いアイデアなんだけど、どれくらいウェイトを占める感じ?」


「それはどういう意味で?」


 エルフリーデが素直に賛成してくれると思っていたので意外だった。


「向こうの国にいるときに言われて、その時はやるべきと思ったんだけど、少し考えてみて、タナカが関わるってことは、いまの商人としての行動は制限されるんだよね?」


 それは俺も思っていたことで、わかる。


「俺たちの旅も始まったばかりだけど、現状のような行動をするだけなら資金は足りてるんだよ? 誰かがやらないといけないよね?」


 さらにこの後、リリアンヌからお酒について色々聞いて取引の話まで持っていきたいと思っている。お酒は儲かるはず……日本酒はどの地域でも受けるはずだ。


 ただ、エルフリーデはそのあたりを気にしているわけではなかった。


「ロドリーゴさんやリリアンヌさんと共同ってだめなの? この街に私たちは一生居れるわけじゃないんだからね?」


 そう、彼女の故郷はオイレンブルクだ。何かあった時、そこに戻れることも考えたいんだろう。それよりも俺たちは今旅人だ。そういうことで国を出てきた。そこも優先したいのはわかる。


「もちろんそのつもりだよ。立ち上がって順調に見えてくるまで見届けたいというか……」


 俺の答えも煮え切らない。エルフリーデとまだ見ぬほかの国などへ旅はしたい。なので、彼女たちの先が見えるまでとなると何年になるのかわからない。


「すでに尻に敷かれている将来が目に浮かぶよ」


 そのやりとりを見ててリリアンヌが笑う。


「エルフリーデの言うこともタナカの言うことも正しいと思う。まずこの街のことだから、もっと私やロドリーゴに振っちゃって良いと思う。タナカはアイデアを出してくれるのが重要な気がする」


 アイデア出しなら滞在していなくても、手紙などで提案はできるし、現状もわかる。


「でもそれが商売なのかって言われると、慈善事業な部分もあるから、期待はしないでほしい。ロドリーゴがやってるのも奥さんと二人で食っていける程度の見返りしか無いからね。今回三等分すると、微々たるもんだよ」


 すでに実績があるロドリーゴが関わってくれるということで、俺も思いついたアイデアなので、任せても良いのかもしれない。ただ、運営しながらノウハウを得たかったというのは、俺の欲張りなのかもしれない。


「それでもタナカにはメリットがあるって断言できるよ」


「なに?」


「この街を救ってくれたのは違いないんだから。どこの店も『俺タナカだぜ』で顔パスだよ」


 それは良いことだと思う。破格のメリットだと。


 リリアンヌは意地悪に付け加える。


「もちろん夜の店もだけどね」


 それがどういう場所か、エルフリーデはすでに理解している。だから、ムっとした顔で俺を見る。だから、ニヤリともできないので「それは、遠慮しておくよ」スマートに返した。


 帰ってきて早々、何か光が見えた気がした。俺たちは疲れていたはずなんだが、そこからどういう施設を作っていくかなど、企画を考えるので盛り上がった。

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