第162話:ユングフラウの反撃

 ユングフラウは俺たちが追いかけてくると想像してなかったのか、すぐに追いつけた。


「帰らなかったのですか? やはりお馬鹿さんなんですね」


 返り血は浴びているが、クリスティアンの先鋒により突破してきた俺たちは無傷である。それでもユングフラウは変わらずの余裕を見せている。


「お馬鹿で結構。私たちの目的は言ったよね?」


 リリアンヌは譲らない。クリスティアンとミヒャエルたち護衛の強さで安心したのか、さらに強気に対応する。


「……あなたが死体だったら、まだ考えなくても無かったのにね」


 ユングフラウはリリアンヌに向かって、意味の分からないことを言ってきた。死体だったら考えなくもないとは……。俺だけじゃなく、みんなが理解できていないので、慣用句でもなく、この世界でも意味不明な言葉なのだろう。


「それ、どういう意味なの?」


「そのままの意味だけど?」


「私が――死体だったらって聞こえたんだけど?」


「それ以外に聞こえたのなら言い直しましょうか?」


 まったくもって謎の会話である。この男は何を言っているのか。想像して恍惚の笑みを浮かべている。変態だということはわかる。


「強い女性の死体。私の中でも好物中の好物ってことよ。あ、もちろんそちらの金髪のお嬢さんでもよろしくてよ?」


 そう言いエルフリーデを見る。エルフリーデ睨み返そうとするが、気持ち悪さが勝ち拒否しているのが分かりやすい表情で顔をゆがめている。


 その言葉から、俺はふと一つの仮説が思いつき、思わず口にした。


「ネクロフィリア……」


 そう、死体愛好家の言葉だ。ただ、この世界にそういうものがあるという話は聞いていない。世界はまだ広いのか。ただ、前の世界では、ほんとにあった怖い話的な書籍を作った時に調べた事件があった。


 好きな人に告白するのと同じ感覚で、眠らせて殺し、死体を溶かしたり、バラシてホルマリン漬けにして保有しておくことが愛情表現だったという事件。


 その犯人はもちろん永久的に禁固刑だったのだが、獄中で死んでしまったという話だ。ただ、俺が調べた事件以外にも存在するというのは心理学者や検事、弁護士への取材で聞いていた。


 ユングフラウはネクロフィリアの可能性が高いと思って、口走ってしまった。


「!!」


 それを聞き、彼の表情が青ざめ、直後に赤く染まって豹変するのが見えた。


「貴様、なぜその言葉を知っている?」


 ということは、この世界には無いということか……? エルフリーデを見ると、首を振る。クリスティアンは煙たい顔をしているが理解しているみたいだ。つまり、ユングフラウも転生者だったということか。


「それは……」


 俺が躊躇してしまったことが、ユングフラウに対しての答えになってしまった。自分も転生者であると。


「そうか……そうか……だから、ここにたどり着けたのか」


 何を納得しているのかわからない。


「俺は、自分の意志でここにいる。お前がどういう経緯かわからないが、黙って見過ごすことはできない」


 この世界は転生しても何か異能力を持っているわけではない……はず。怖いけど、ハッタリも兼ねて弱気になっている場合ではない、と思う。


「戦うというのなら、それも楽しくて良い――」


 ユングフラウが右手を上げ、彼の背後にいた親衛隊が10人、素早く一列に並んだ。手には銃刀が刺さっている。


「マスケット銃……?」


 火縄銃ではない。この世界で初めて銃を見たかもしれない。


「ほぉ、さすがに貴様は知っているか」


 エルフリーデやリリアンヌたちはわかっていない。旧式に見えるが、この世界では革命的な武器なのか。


 しかし、クリスティアンは俺に「大丈夫だ」と耳打ちする。


「こちらは10人、そちらは8人。何か最後に言いたいことは聞いてやろうかぁ?」


 そういうが、ユングフラウは手を前に出し、親衛隊は銃口をこちらに向け、いつでも撃てる準備にとりかかる。


 それが新兵器で、どういうものかわからないが、危険なものと言うのは、俺とユングフラウとの会話でみんなわかったようだ。


 マズい。とてもマズイ。しかし、クリスティアンの言葉を信じる。俺はまだこの時間軸では死ねない。


 そして「最後に言いたいこと」と聞くやつは、物語の中では大抵負ける方の言葉だ。たぶん、自分が有利に立っていることを実感したいのだろう。


「じゃあせっかくだから、最後に聞かせてくれ。女の子や、このダニエマの娘は無事なのか?」


 どうなるかわからないけど、生死だけは確認しておかないと、もしもの時、死んでも死にきれない。


「なんだ、最後なのにそんなことか?」


 ヤツにとってはそんなことなんだろう。が、大切な命だ。怒りがわいてくるが、あくまで冷静に対応して隙を見つけたい。


「生きてるよ。生きてないと意味が無いからね」


「どういうことだ?」


 死体に対して性欲を持っているのではないのか?


「私はねぇ、貴様の言うネクロフィリアだよ……いや、正確には“だった”よ。でもね、女性が死を感じて恐怖と苦痛に歪む姿も好きなのさ」 


「攫われた女の子たちは王の夜伽ってことじゃなかったのか?」


 ヤツのいうことはおかしい。さも自分のために利用しているような言い方で矛盾がある。


「キミ、賢いね」


 褒められてもうれしくない。


「王へ捧げる前に、従者である私が検査しないとダメでしょ? でも検査し過ぎて、し過ぎて、身も心も安全だと確認できたものをあてがわないとダメじゃない?」


 このヤツのいう検査とは、想像したくないが、想像して嗚咽が出る。恐怖や苦痛を与え、逃げ場を無くさせ、心も体もボロボロになった状態にして、さらに王へ奉仕させるために引き渡させる。何度地獄に落ちても許されない所業じゃないか。


「……っ!」


 唇をかみしめて、俺は怒りと涙を我慢する。女性陣は顔を背けている。


 俺はクリスティアンに合図を出した。もうこれ以上ヤツの戯言を聞きたくない。生きてくれているとわかったので、一刻も早く助けに行きたい。


「ちょっとしゃべり過ぎたね。質問は……以上かな?」


 俺たちが何に嫌悪感を持っているのかわかっていないのか、とぼけているのか、不思議そうにしている。


 俺たちから特に追加で聞きたいことが無いとわかったようで、発射の指示を出そうとしたところ、クリスティアンが動いた。

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