第156話:旅人?
*
その辛すぎる話、よくダニエマは言ってくれたと思う。俺やエルフリーデは怒りが収まらなかった。
そんな中、リリアンヌは冷静だった。
「それ、本当の話?」
声を震わせ、振り絞りながら、途中嗚咽もありながらだったダニエマに対して、冷たいようだが、彼女が女の子たちの誘拐に加担した事実は変わらない。疑っているのは当たり前だ。おかげで俺たちの怒りも少し冷静に整えられた。
「当たり前じゃない! 誰がこんな……こんな」
すぐ、ヒステリックに反応するこの態度から嘘とは思えない。クリスティアンは反応しない。この事実を知っていたのだろうか。
「なぁ、知っていたのか?」
クリスティアンの隣に行き小声で訊ねた。
「オーズィアがやっていることは知っていた。だが、彼女が手引きしているというここまでの話は知らない」
それは前にいた時の知識の話だろう。クリスティアンは生まれたのは、この事件の後、俺が殺され、エルフリーデが逃げた果てのことだ。だからクリスティアンを鍛えていたリナあたりにでも聞いていたのだろう。
「今のクリスティアンの力なら、もう少し早く対処できたんじゃないの?」
被害者が出る前にカタを付けることもできたのだろうが、それについては首を振られた。
「過去を変えてはいけない」
「……」
すでに変えてしまっている現状、あまりツッコめないのだが、できるだけ自分自身が消える可能性を作りたくなかったのだろう。だけど、この事件は自分の両親のこれからのことだったから、ここまでかかわったのだろう。
関わらせてしまったことに申し訳なさもあり、俺はそれ以上声をかけられなかった。
まだダニエマはリリアンヌを睨んでいる。危険はないと判断しているので、縄は解いている。ミヒャエルやクリスティアン、マッチョな護衛が居ることもあり襲い掛かってくる感じは無い。
「わかったわ、今は信じるしかないから信じる。その娘さんを攫ったのは旦那だろうけど、そのバックにいるのはわかってるの?」
「え、えぇ……わかってるわ」
初めからそれを知りたいのだが、国が絡んでいるということだったから、言いづらそうだ。
「言いづらいのはわかるけど、誰?」
リリアンヌは構わず真相を求める。当たり前だが、女の子たちの生死にかかわる話になっている。
ダニエマもわかっている。周りを見ている。何かを警戒しているのか。でもリリアンヌが「いまこの護衛はあなたの警護でもあるから」伝えると意を決した。
「オーズィア宰相のユングフラウ。彼の手引きよ」
誰もが耳を疑った。宰相といえばかなり高い地位の人物だ。それに、俺はその者が前のオイレンブルクとビンデバルトの戦争のきっかけを作ったということを聞いている。
「旅人・ユングフラウ……?」
エルフリーデがつぶやく。そう、意図はわからないが、双方の国をあおるように吹聴したことで戦争は始まったと言われていた。まさかこんなところで名前を聞くとは。
「それは、本当か?」
同一人物じゃないかもしれないと思ったが、それもすぐにダニエマに否定された。
「そんな珍しい名前、忘れるわけないじゃない」
つまり、俺たちの聞いていた旅人・ユングフラウと、隣国オーズィアの宰相・ユングフラウは同じだったとみて良い。
「タナカ……」
エルフリーデが俺の袖をつかむ。
「大丈夫だよ」
わかる。不安になっている。気味が悪い。俺もだ。いろいろと繋がった気がする。
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