第155話:命ごい

「娘が……、捕まってるの」


 ダニエマが悩んだ挙句、口を割った。ただ、思いもよらかなったので、俺たちは首を傾げる。出まかせでこの場をやり過ごしたい嘘のように思えたからだ。


「何をいまさら……」


 命乞いをしているのだろうか、とリリアンヌは鼻で笑う。しかし、ダニエマの表情は硬く、強張っている。


「……」


 しばらく沈黙が続く。それでも表情は変わらない。見た目的には、失礼ながら、子供がいてもおかしくないという感じである。しかし――


「あんた、子供がいるっていうのに、人を攫うとか、何を考えてるんだ?」


 誰の指示かわからない。けど、同じように苦しむ人がいると考えらなくなっているのだろうか。俺の質問を聞き、ダニエマは息を飲み、ポロポロと涙をこぼし始めた。


「そんなこと……わかってるわよ。わかってるわよ……」


 苦しい様子で俺の質問に抵抗する。これが演技なのか? そんなことはわからない。俺はリリアンヌ、エルフリーデに耳打ちをする。


「わからないけど、真実だと仮定して話を聞いてみてはどうだろう?」


 疑念を持ちつつなら騙されることがあっても最低限で済むだろう。その提案にエルフリーデは頷く。リリアンヌは「お人好しだね」と言いつつも、納得した。


「で、その娘さんは誰に捕まってるのよ?」


 話を一つずつ紐解いていかないと、このダニエマからは聞き取れないのだろうと、リリアンヌが質問を続けた。


「……」


 そうそうすぐには言えないのだろう。ダニエマは俯く。娘を人質に、人さらいを強要されているならそうだろう。


 リリアンヌは頭を抱えつつも、説得に乗り出す。


「ねぇ、ダニエマ。私たちはあなたに興味は無いの。まず1つ目の目的は、連れ去られたこの街の女の子たちを取り返すこと。わかる?」


 その言葉を聞き、理解したダニエマは、罪悪感もあるのだろうか、俯いたまま頷く。


「うん、わかってくれたなら、今、私たちがあなたに対しての状況は理解できるかしら?」


 それに対しては首を振る。


「今あなたに死なれては困るわけよ」


 ダニエマは、死という言葉にビクっと体を強張らせる。だけど、捕まえた相手が今は自分に危害を加えないのだろうと思えたのだろうか。緊張していた体が緩んだように見えた。


 リリアンヌは大きなため息をついた。


「私たちは連れ去られた人たちを取り戻したい。ダニエマは娘を取り戻したい。そういうことだよね?」


 自分自身は納得していないが、交換条件のつもりで考えているのだろう。ダニエマがやってきたことを考えると、彼女に協力するのは許しがたいのだろう。しかし、今は頼るしかない。


 ダニエマは頷き、うなだれ、声を上げて泣いた。今までの色々な我慢が堰を切ったように。



 以前は普通に薬などの行商を生業としていて、薬以外の日用品なども扱い始め、段々と規模を拡大し、十分に収入を得られるようになっていたとのことだった。


 仕事にも余裕ができてきたころ、雇っていた男と恋に落ち、子を授かった。順風満帆だと思っていたが、夫となった男は働くことを止め、ダニエマの稼ぎを当てにするようになった。


 そんな夫を鬱陶しく思うようになり、逃げたくて仕事に没頭するようになった。子供に影響を与えないようにベビーシッターを雇い夫から遠ざけていた。そして、収入が夫へ流れないようにした途端、夫は姿を消した。


 心の負担が減ったダニエマは、アンシャンヌの街でサービスの一環として女の子からの相談を受けるようになった。


 3年ほど経った頃、夫が戻ってきた。それはよりを戻すとか、無心に来たとかではなく、娘を攫ったという報告にだった。


 ダニエマにすると、なにも理解できなかった。が、夫曰く、隣国・オーズィアの要求とのことだった。


 ダニエマから離れて行ったあと、隣国と国交のない国のオーズィアに流れ着いていたとのこと。そこで拘束され、解放の条件として他国から年頃の女性を集めるということを言われたとのこと。


 年頃からかけ離れている娘を誘拐し、オーズィアに連れて行ったのは、忠誠を誓うためと、ダニエマに加担させるためだった。


 春を売る女の子たちの相談を受けていたダニエマは、その者が言う“年頃の女性”に合っていたのだろう。


 娘を連れ去られ、元々無視していたが夫に裏切られ、ショックで立ち直れなかった。だけど、取り戻せるかどうかわからないけど、娘の無事を願うために協力するしかなかった。

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