第154話:こういう時こそ冷静に

「ジャネットをどこにやったの?」


 それはこの人探しの元になった女の子だ。他にもいなくなっているだろうが、まずはそこからだった。


 ダニエマは一瞬悩んで思い出せそうになかった。それだけ多くの数を移送させていたのだろうと、吐き気がした。リリアンヌが特徴を伝えると思いだしたようだった。


「それは……言えない」


 やはり死を覚悟しているのだろうか、取引先を裏切ることの方が問題と思っているのか、ここにきても俺たちに屈する様子がない。


 しかし、この街に愛着のあるリリアンヌは怒りが収まらない。


「この街で仕事ができるのは、商業ギルドに所属してるからで、それもさっきまでだろう? このあとただで帰れると思ってるのか? 全部吐き出したところで罪が軽くなるわけじゃないけど、黙ってるってのは我慢できないね~」


 脅しではなく事実だろう。「言えない」と言ったことで自らの非を認めたようなものだ。裁かれたとしてどういった死を迎えるかの違いだろう。


「……じゃあ、他の子たちはどうなんだ?」


「それも、言えない」


 頑なに答えようとしない。死を恐れていないにしても、目に覇気は無く、表情を変えず答える姿は、何か引っかかるところがある。


 そもそも怒りの頂点に達していたリリアンヌは我慢ならず、護衛の持っていたサーベルを奪った。


「生きながら殺してやろうか?」


 本気なのかどうかはわからないが、サーベルをダニエマの脚に向けて振り下ろした。


 そのままだと綺麗に切断されるであろう軌道だった。


 しかし、割って入ったのはクリスティアンだった。強引にリリアンヌの手を握り、寸でのところで止めていた。ダニエマが驚いてなのか、体を前に屈めようとしていたので、頭に当たるところだった。


「アンタ、こいつの味方なのかい?」


 リリアンヌが思うのは当然だろう。俺も面食らったし、エルフリーデを見ても肩をすくめなぜだかわからないという表情になっている。


「仲間とか、そんなのではない。ただ――」


 握っているリリアンヌの手を力任せに下げて、サーベルを放させた。護衛の者たちは呆気に取られて動けていなかった。


「――こいつの態度に違和感を感じないのか? 冷静になれ」


 やはりクリスティアンも感じていただようだった。むしろ俺よりも修羅場をくぐってきた男だからこそ、直感的にわかったのだろうか。それとも、前の時間軸の話だろうか……。


「どうして……どうして…………」


 ひと思いに殺して欲しかったと言わんばかりに、ダニエマは悲しい表情でクリスティアンを見ている。頭を前に出してきたのは自らの意思だったということなのか。


 その様子から、俺たちは彼女が冷静に装っていたのは、虚勢を張っていたのだと気づいた。


「もうバレてしまったんだから、話してみないか?」


 クリスティアンがダニエマに投げかけた。死んでしまうことが僅かな望みだったのかもしれない。彼女の目は涙を浮かべ、生を取り戻したように見える。


 ここで一度死んだ。だが、クリスティアンがそれを制止した。「死んだことにしておけばよい。本当に死ぬのはいつでもできる」とクリスティアンは言った。


「はい……」


 ダニエマは覚悟を決めたのか、返事をして頷いた。


 その場にいたものは深く息を吐き安堵した。やっと皆が冷静になれたような気がする。


「何か知っていたのか?」


 すれ違いざまに俺が聞くと、クリスティアンは「確証は無かったが」と小声で答えた。


 ダニエマを縛っていた縄は解かれた。後ろに二人立っているが、拘束はされていない。


 俺たちも席に座り、ダニエマが語り始めるのを待った。

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