第152話:家族のかたち

「どういうことなの?」


 理解に苦しんでいたエルフリーデが質問をしてきた。


 そもそもタイムパラドックスが、と言われても理解が難しいだろう。


「転生については説明をもう少ししたほうが良い?」


「いや、それはタナカのことで聞いていたからわかるし大丈夫。クリスティアンが私たちの子供だっとして、何が今まずいの?」


「本来ここにいないはずのクリスティアンが、めちゃくちゃ関係者である俺たちに接して正体ばらしたことで今後起きる事例が変わってしまうとか。あとは、その、結果的にクリスティアンが生まれない時間軸になってしまっているとか……」


 ま、つまり、それでクリスティアンが焦ってしまっているわけなんだけど。


 エルフリーデも少し考えながら、そして照れてはいるが、それでも興味が勝っているのか、まだ質問は終わらない。


「クリスティアンが生まれない時間軸ってことは、いまここにいるクリスティアンはどうなるの?」


「そう、つまりクリスティアンが焦っているのはそこだよ」


 この世界だけで生まれていたのからクリスティアンもわかっていなかったのだろうけど、日本で30年以上過ごしていて、物語に接したことがあるのであれば、何がまずいかわかっているだろう。


「本来いない世界に自分が存在しているということは、何が起きるかわからない、ということにもなる」


 それを俺が言った時、エルフリーデは理解できたようだ。世界がひっくり返る可能性もあるし、最低限だったとしても、クリスティアンが消えてしまうかもしれない。


「……なんとかならないの?」


 懇願の目を向けられるが、それは俺がどうにかできることではない。


「エルフリーデ……いあ、母さん……じゃなくやっぱりエルフリーデ……」


「どっちでも良いよ!」


 この話をしてしまってるので、エルフリーデに対する呼称を悩むクリスティアン。そしてツッコむエルフリーデ。


「じゃあ、エルフリーデ――」


 たぶんそのほうが良い。突然「母さん」になってたら、この後会うだろう周りの人たちが混乱する。エルフリーデって見た目よりも歳をとっているのか、とか。


「――俺は話してしまった時点で、消えてしまう可能性も考えた。だからそれは大丈夫なんだよ。だけど、不安ではある。でも、それよりも今回はあなたたちを助けたい」


 いつか消えてしまう前に。ということだろう。俺たちに事情を話して腹を括れたのか、クリスティアンの言葉には覚悟を感じられた。


「わかった。あなたはもう私の家族だから。私が守るから。それに、寂しくなったり不安になった時は遠慮しないでね」


 手を広げて、「胸に飛び込んで来い」みたいな感じのジェスチャーをしているが、母親とはいえ、まだ15歳の少女。40代のオジサンをわきまえている息子であるクリスティアンは、ほんの一瞬だけ悩んだけど、バブみを味わうのをなんとか食い止めたようだった。


「それは……大丈夫、トータルすると俺はすでに80年以上生きてることになるから、ある意味大往生かもしれないし、甘えなくても――」


 言い訳しているクリスティアンの言葉を遮るように、エルフリーデは近寄っていき、抱きしめた。


「私はあなたを家族だって言ったよね。遠慮してちゃだめだから」


 どこかで彼女の母性を目覚めさせたのか、それともいつ消えるかわからない息子への感情が募ったのか、膝をつき、クリスティアンの頭を抱え、胸に押し付けるように抱き寄せた。


 すぐに抵抗して離れようとしたが、押さえつける力の方が強く、クリスティアンも諦めた。そして約80年溜め込んでいただろう涙があふれだした。


「母さん……」


 もしかしたら80年前に嗅いでいた匂いは、彼の記憶を遡らせてよみがえらせたのかもしれない。大柄な体が小さく丸まり、完全にエルフリーデにゆだねて、まるで子供のように泣くことに遠慮は無かった。


「大変だったよね」


 理解を示すようにエルフリーデは頭を優しく撫でている。


 俺もその姿を見て、目がウルっとしてしまっている。いや、俺もいろいろと思うところがある。前の世界に残してきてしまった母親のこととか。


 感動の、親子の再会。というシーンではあるが、いささか見た目に変化球がある。でも俺たちにとって、匂いなのか、空気なのか、感覚的だけど、家族という共通の認識があった。


 だけど、そんなところを割って入ってきた。


「捕まえたよ!」


 リリアンヌが勢いをつけて飛び込んできた。が、三人とも涙目でひとり大泣きという状況の理解が追いつかない。


「……何してんの?」

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