第151話:1985年日本

 1985年。日本の景気はとても良かった。しかしどうしてクリスティアンは日本へ転生したのだろうか。タナカ・俺の影響だったのだろうと推測するしかない。


 リナから話を聞いていたこともあり、その世界は自分の父親・タナカがいた世界だろう、ということを認知するまで時間はかからなかった。


 だが、前の世界で使えた忍びの技術は必要とされていない世界だったため、成長は他の人たちと変わりが無かった。幼児期に言葉が早く理解できる程度と、キャンプなどアウトドアで活躍できたり、運動神経は間の世界から引き継げたみたいで、学生時代にモテなくて困ることは無かった。



「十分じゃん」


 思わず突っ込んでしまったが、この段階で、クリスティアンの話の中では、俺やエルフリーデは死んじゃっているんだよな……実感が無い。


 そのツッコミは少し冷ややかな目で見られ、話は続いた。



 社会人になって、大阪出張に行った時、リナから聞いていた状況に近いものを、道頓堀で見つけることになる。


「田中、道頓堀に飛び込んだら書いてやるよ!」


「てめぇ…ぇ、そのコトバ、飲み込むん、じゃ、ねぇぞおぉ」


 というシチュエーションだった。


 普段から人通りも多く、観光客もいる場所。そこで騒がしくしていたら、さらに人がごった返している。


 クリスティアンは「オヤジなのか?」と近くに寄ろうとしたが、時すでに遅く、飛び込んだ後、浮かんでこないという様子に周りがさらにザワ付き始めていた。


 スーツを脱ぎ自らも飛び込もうとしたが、クリスティアンと一緒に大阪出張に来ていた同僚に止められてしまった。


 その後悔から、クリスティアンは仕事に没頭していた。前の世界には戻れない。父親だっただろう人を助けられなかった。前の世界では母親も助けられなかった。そんな思いは仕事で晴らすしかなかった。


 結果的に、2019年、心筋梗塞により33歳で幕を閉じることになった。


 この日本への転生だけなら因子とかの考えは起きないのだが、さらに2度目があったことで、クリスティアンは疑わざるを得なかった。


 次に転生したのは、元の世界だった。


 しかし、タナカが生まれるより前、この世界の今から40年少し前の時間軸だった。



「……結構ややこしくないか?」


 俺は実体験があるから頭を整理しながら聞けているが、エルフリーデは少しこんがらがっている感じも見受けられる。


「そうなんだよ、俺自身もかなり悩んださ」


 クリスティアンもそうらしい。


「同じ世界で、時代を戻るなんてことがあるんだ……」


「結果的に。ただ、戻ってきたときは、本当にこの世界なのか、過去なのか未来なのかってのは、時間がたって、歴史を見聞きしてやっと理解が追いついた感じだったんだよ」


「だから転生者の因子ってことなのか」


「簡単に言うとね、因子って言えばわかるかなぁと。だけど、かならずそれがあるってわけじゃないよ」


 そうだ。いずれ落ち着いたらゴトーさんに聞いてみるのも良いかもしれない。もしかしたら、彼の血縁たちもその能力が引き継がれている可能性もある。が、それはまた別の機会だ。


「そこからは、すでに説明していたように、傭兵として戦い、前の戦争ではミヒャエルと一緒に過ごし戦いに明け暮れていた。時間が経って、タナカたちと会ってタイムパラドックスが起きないように離れていたんだが、……今回は親を助けたいという気持ちが勝ってしまってね」


 それを聞いて感動してしまった。


「前の世界では底辺仕事で子供なんて夢のまた夢、自分のことで手いっぱいだったのに、こんな親思いの息子ができるなんて……」


「って言われても、タナカに育てられたことは一度も無いけどね」


 そりゃそうか。どっちかって言うと、リナに感謝だな。どこにいるのかわからないけど。


 それよりも、勢いに任せて道頓堀へ飛び込んだことを親として恥じなきゃならないか。


「だけど、昨日の夜のチョンボがあったから、俺としては気が気じゃなくてね」

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