第70話:バランスよい食事を摂ろう

 ソフィアさんが本当に糖尿病であるかどうか、という判断は俺にはできない。勝手に判断してしまって、彼女の子供たちに何か期待させることは、逆に不幸なのではと思う。


 医者に見せたかどうか聞いたところ、王女の時は見てもらったが、原因がわからなかったということだ。当然、高校時代の友人が打っていたインスリン注射なんてものは存在しない。


 今、この世界では不治の病ということになる。と思う。


 少しでもソフィアさんに負担がないように、子供と一緒にいる時間を増やせるように、今の俺にできることをやろう。


「じゃあ、そろそろマーケットも開いてそうだし、買い物に出ますか?」


 家の隙間から、外からの朝日が差し込んできている。そんな時間になっていた。



 この街だからか、この国だからか、比較的病人にやさしい食材が手に入りやすそうだ。焼き魚定食があるくらいなので、和の物が揃っていそうだ。


 フィンとエルフリーデに教えたのは、質の良い物をしっかりと摂ること。量より質。


 ショーパブから、フィンが今まで持って帰ってきてたのは、塩分が高そうな日持ちしそうなものや、スタミナが付きそうなものが多かった。


 収入が少ない、ということもあるので、仕方がないと思うが、できれば自炊が良い。店で出す、しかもパブなのでお酒に合う料理は、だいたいが塩分高めである。病気の体に良い物ではない。


 幸い、流通がしっかりしている国ということもあり、値段も高くなく、考えて作れば食材に困ることはなさそうだ。


 自炊する時間をどうやって見つけるかは、フィンとご近所さんに相談してもらえばよいか、ということで、後回しにした。


「エネルギーはあまり高くならない範囲で、炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミンなどの栄養素をまんべんなく摂るということが重要で……」


「たんすいかぶつ、とはなんだ? 他にもいろいろ言ってたけど」


 フィンが俺の話を遮るが、そりゃそうである。また普通に前の知識で話をしてしまった。教えなきゃという気持ちで焦っていた。


 エルフリーデは、「またタナカが知らないことを言ってくる」という表情だ。


「炭水化物は、広い意味で米や小麦など穀物だったり、タンパク質はーー」


 お店を回りながら、食材を見ながら、どういうものがバランスよくなるか、説明をしていった。



 この日の食材は、昨晩急に伺ったこともあり、迷惑をかけたお見舞い的なことで、俺とエルフリーデが出すことにした。


「結構色々買ってきてくれたのね」


 ソフィアさんは鼻が利くのか、部屋の中に入ってきた食材の匂いを喜んでくれた。


「さて、この買ってきたものからの説明だけど……」


 俺が話を始めると、フィンはメモを取り出した。しっかりと母親のために何かしようとする良い息子じゃないか。俺は……後悔しても元に世界に戻れやしないだろう。まず、ソフィアさんたちを喜ばせよう。


 細身のソフィアさんからすると、それほどカロリーは摂らなくて良いと思う。その中で、50%ほどを炭水化物。タンパク質を20~30%ほど、あとは脂質で大丈夫だろう。また免責事項だが、民間療法で俺は医者ではないのであしからず。


 ダイエットでも同じだけど、調理法は「茹で・蒸し>焼き>炒め>揚げ」と体に負担がある。素材は「野菜>魚>鶏肉>豚肉>牛肉」である。


 ビンデバルトの食事は、定食を考えると、結構一汁三菜に近いものは作れるかもしれない。


「味付けが単調になると思うけど、調味料や香辛料、ハーブなどを使ってみると、飽きにくくなるので、チャレンジしても良いと思う」


 よく見ると、エルフリーデもメモを取っている。俺の知識が無駄にならなくて良かった。前もそうだけど、よろずな雑誌に感謝だな。


「あとは、野菜、海藻、キノコ類などから食物繊維を摂るようにすれば、ひとまず健康的な食生活になると思うので、どうかな?」


「確かに、この国はオイレンブルクよりしっかりと栄養は摂れそうね」


 エルフリーデは、今日買ってきた机に並べられた食材を、一つ一つ確認して見て感じる。


 だけど、フィンはメモを取り終えて少し考えてしまっている。


「どうした? 何かわからないことがあった?」


「いや、知らないことばかりで、結構感心してた。姫にくっついてきた、怪しい男だと思ってたけど、なんだかんだ信頼されているだけあって、博学だなと」


「な……」


 なんと恥ずかしい。怪しいのは否定しない。17歳で知っているということで更に怪しいだろうし。だがしかし、信用してもらえたのなら何よりだ。


「でも」


 本当の悩みは他にあるようだ。


「でも、この量、さすがに俺一人では難しいかもしれない……何かもう少し簡単な方法はないものか?」


 たしかにそうだ。自炊すると言っても、だしの素があるわけでもない。すべて一からだったりする。


「ご近所さんに助けてもらうとかは?」


「いや、さすがにみんな仕事をしているから、それを頼むのは難しい」


「そうか……」


 二人とも頭を抱えた。


「私がやるよ」


 エルフリーデがあっさりと言ってきた。


「え? エルフリーデが残って?」


「そうだよ」


 俺としては意外だった。急ぎの旅ではないが。このまま永遠に一緒に旅をしなければならない理由はない。ただ、オイレンブルクを出てきて数日しか経ってない。


 ベン国王から頼まれているが、母親と一緒なら安心するだろうか……う~ん、何とも判断しづらい。


 でも、考えてみると、7年離れていた母親との再会。ソフィアさんの傍にいたいという気持ちもあるだろうし、そうするべきかもしれない。


「そうだね、急ぐ旅でもないし」


「そうそう、タナカはまだこの国でやることあるでしょ? ジョバンニさんから頼まれたこととか」


「だよね」


 城などのチェックや感想。他には包丁など作っている人たちへの訪問……させてもらえると良いけど。ひとまずこのあたりは一人でもできる。


「まぁ、フィンができるようになったら、私もタナカに合流するから」


 仕事をしながらだけど、一カ月くらいで覚えられるだろうと思っている。


「でも、エルフリーデは料理、作れたっけ?」


 ふいに思ったことを口に出してしまった。しかし、それに対して、エルフリーデは得意げである。


「私、ただ食べてるだけじゃないんだよね~。学校では花嫁修業と称した調理実習もあるから、できなくないんだよね」


 恐れ入ったか、と言わんばかりに得意げである。でも自分の家の食事はゲルダさんに頼ってた気がするんだけど……。


「できなくはない、ってところが、奥ゆかしいよね」


「あ! タナカ、馬鹿にしたでしょう!」


 バレたみたいだ。少しくらいからかっても良いタイミングに見えた。ソフィアさんも少し笑顔で見てくれている。やらなかっただけで、やれないわけではない、ということを覚えておこう。


 よく考えてみると、エマにリゾットを食べに来てた時いた友人たちは細かった記憶がある。タピオカの時も。ということは健康管理に関しては気を使っていた学生さんだったってことなのだろうか。ひとまず料理は任せても大丈夫なのだろうと考えることにした。


「俺も基本的にはこの首都回りをウロウロしてるだろうから、覗きに来るし」


 俺たちが勝手に納得し始めたが、ソフィアさんは申し訳なさそうにしている。


「旅は良いのかい?」


「それは大丈夫です。ひとまず俺もこの国にいる予定でしたので」


 ちょっと俺は一瞬、ほんの一瞬だけ寂しい気持ちになって、ちらっとエルフリーデを見たら「もちろん」と縦に首を振ってくれている。


「泊められる場所なんて無いよ?」


「それも大丈夫です。エルフリーデは、どんなところでもしっかりと睡眠が取れる方です」


 少し言い方がアレだけど、無神経とか鈍感という意味ではないと理解してくれてることを祈る。


「エルフィの食費は……」


「それも大丈夫です。旅で食べまくるよりも費用は掛からないです。さっき買い物に出て思ったのは、しっかりと庶民感覚をお持ちです。学校での勉強と、そのあとの買い食いなどで金銭感覚が庶民化していたようです」


 ……誉めてる言い方だったような気がするが、エルフリーデは少しふくれっ面をしている。でも食いしん坊だから仕方がない。


「それなら、お願いしても良いのかしら?」


 とても遠慮がちに、一つ一つ確認を取って、ソフィアさんはエルフリーデと俺に甘えてくれることになった。


 費用が足らなくなったら、ギルドに入ってくるところから少し出してもらえるように手配はしておこう。蕎麦の成果は俺一人のものではない。


 少し納得できていないフィンだったが、エルフリーデからの「いいよね?」と念押しで、ジっと見つめる眼力で押し切られた感じだ。コレが王家の……というのではなく、エルフリーデのここぞというところの押しだろう。王である父親に対しても有効なのだから、フィンにも効くだろう。

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