第69話:病状は?

「目に関しては、ここ数年、急に悪くなって、今はほとんど見えない状態かしら」


 ただそれに関しては困っていないらしい。フィンが周りのお世話をしてくれるし、いないときは近所の人が時折見に来てくれて、話し相手になってくれたりするから、とのこと。


「人情が厚いところなんですね」


「この地域だけじゃなく、首都だけでもなく、ビンデバルトは結構人情的な国かもしれないわね。だから私は気に入って住んでしまってるのかも」


 聞いてはないが、故郷のオイレンブルクへ帰らない理由の一つとして教えてくれている。


「ちなみに、かなりお痩せになられているようですが、それは昔からでしょうか?」


「痩せている感じではあったけど、エルフリーデを産んだあとくらいかしら、眩暈がたびたびおきたくらいから体調を崩して。そのあたりから少しずつ痩せ始めた感じね。本当はもう一人欲しかったんだけど、それで諦めたのよね」


 細身であったとはエルフリーデから聞いていたが、そこからさらに痩せていることになるだろうか。7年前は30代と若かったので、おそらく病状が一気に悪化しているとも考えられる。


「少し聞きづらいのですが……」


 そう言いつつ、ここにいる三人の表情を見た。元王女に聞いて良いことかどうかはばかられるような質問だ。しかし、何を聞かれるかわかっていないので、こちらがためらっている理由もわかっていなく、「どうぞ」という表情だ。


「尿の匂いって、何か感じられたりとかしませんか?」


 当然ギョっとされる。


「ちょっとタナカ!」


 どうしたのかと心配する表情で俺に突っ込むのはエルフリーデだけで、ソフィアさんもフィンも驚いたのは、「どうしてそれを?」ということだった。


「たしかに、母さんの後のトイレは少し違和感があったけど」


「そうですか……」


 高校時代、痩せ型で体育の時間に具合が悪くなり倒れ、病院に運ばれた前の世界の友人がいた。医者からは糖尿病だとのことだった。


 決して不摂生をしていたわけではなく、幼少期から細身だったので誰もが驚き、インスリンの分泌具合でも糖尿病になるということを知った。


 俺は医者ではないが、独特の臭いになっていると言うことだったので、ソフィアさんもそれが原因ではないだろうかと推測できる。ただ、この世界にはインスリンは無いのだろうか。


 金銭的に医者に行けず悪化しているだけだと思われる。もっと食事など指導があれば、ここまでの状況になっていなかったのかもしれない。


 そうはいっても、この世界の医者が糖尿病と診断できると思えない。俺が感じる中世くらいということであれば、医療もそれほど発達していないと思われる。


 自分が行ってきた行為が原因で罰を与えられているという考え、それではないと言いたい。そうやって自分を落ち込ませることは、何も状況を改善しない。むしろ気持ちから悪化するのではないだろうか。


 免責事項を唱えるように、何度も言うが医者の知識は無い。以前雑誌の特集に成人病に関する記事があった。ただそれの記憶を思い出しながら、最善の策を考えたいと思っている。


 こういう時、前の世界の雑誌編集者という経験はチートじゃないかと思うことがある。とても今の俺には役に立っている。ただ、医療に関しては少し話が異なる。あくまで推測で、民間療法程度のレベルまでになってしまう。


 1型なのか2型なのか、そんな判断も俺にはできない。今後の合併症の可能性も考えると、できるだけ食事療法を考え、今からのソフィアさんの幸せを考えるというのが、俺ができる最善のことなのかもしれない。


「それで、お母さんは病気なの? 何をすれば良くなるの?」


 エルフリーデは俺に期待のまなざしを向ける。フィンも何か言いたげであるが、俺みたいな若造が劇的に良くしてくれる案を持っていると思っていない。実際その通りである。俺が治すことなんてできない。せめて家族として幸せであることを提案できるくらいだ。


 返答に少し困っていると、ソフィアさんが悟ったように話してくれた。


「良いのよ、私はこれまでで十分楽しい人生を過ごせ来ているから。またこの後も同じように楽しく生きられたら、それで良いの」


 かなり弱気にも聞こえる言い方だった。エルフリーデもフィンも心配そうに母親を見ている。俺はそれについて否定したかった。


「俺は医者じゃありません。ありませんが、食事の改善で少しはましになると思いますし、悪化する速度を遅くできると思います。それに、そういう悟ったような言い方はあまりよろしくないと思います。自分で気を滅入らせてしまって、自己暗示に陥っちゃいます。『病は気から』という言葉が俺の故郷にはあります。まずはもっと生きることに執着してください」


 少し激しい主張になってしまっただろうか。言い過ぎてないだろうか。心配になったが、ソフィアさんはニッコリ返してくれた。


「タナカさん、言い方がネガティブに取られてしまったのなら謝るわ。でも私はまだまだ生きるつもりです。せめて孫を見るまでは、と思って今までいるんですから……って、この目じゃ見れないから、抱くまでは、ってことにしておくね」


 自虐的なことも言える、そんな病人、素敵だと思った。というか、自らを病人という意識は無いのではないか。そう考えると、強い方なのかもしれない。まだ俺には経験が足りてないと思わされる。


「でも、タナカさんが言ってくれるように、食事は少し改善したいね。どうすれば良いの?」


 ソフィアさんが前向きに、変えられるところは変えたいという姿勢だとわかり、俺もできるだけ協力をしようと思った。まずは、食事担当のフィンに料理を教えるところからになった。

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