第68話:これからのこと
宿を出たのは、日が昇理始めたところだった。昨日の夜は見えてなかった商業地の様子がはっきりと見えてきた。
あれだけ夜、どんちゃん騒いでいたのだが、朝は静かに、それもけっこう綺麗な状態で片付いている。店から出たごみを回収している馬車がいる。こういう一つ一つの丁寧さが流通なども安定することになるのだろう。
馬車で、店に荷物を配達している人もいる。俺が前にいた世界に比べて原始的と感じるが、やっていることは何ら変わりがない。
朝の新宿駅、雑誌も無事に校了して、その月の編集の仕事が終わった明け方、駅まで歩く道のり……よりも綺麗かもしれない。いや、綺麗だと思う。まず、カラスがいないので静かだし、あのカラス、結構怖かったりする……とそれは今はどうでもよい。
商業地を抜けると、こじんまりだが武家屋敷みたいな感じで立派な住宅が並んでいる。昨日の夜は良く見えていなかったが、かなり和風に思える……。ただの偶然と思うには不思議で仕方がない。
その不思議な感覚が、あきらかに違和感になったのは、角を曲がって正面を見たときだった。
「……?」
道の先に、石垣が崩れた状態の、まるで城跡のような石垣が崩れたものがある。それは日本の城のような石垣だ。
コンツの町でジョバンニが言ってた、20年補修されていない城とは、これのことなのか?
近づいてみたいが、今朝の目的は違う。それを済ませてから見に行こうと思う。すごく気になる。
けど、今見に行ってしまうと興味が増すばかりだろう。さらにジョバンニから感想を聞かれているのでちゃんと見たい。城は逃げない。ひとまず後回しに。
今やりたいと思ったのは、エルフリーデのいないところで、ソフィアさんの本心を聞きたかった。
住宅地の隙間を縫って、エリア的には隣になる、やや湿地状態に立っているフィンとソフィアの家の前に来た。
*
ストーブで温められているからだろうか、小屋の隙間から少し湯気が出ている。早いかと思ったが、すでに起きているというのが確認できた。
ノックしたところ、フィンが出てきて驚いている。
「明日、って言ったけど、朝早すぎじゃないか?」
「いや、そうなんだけど、少し聞きたいことがあったんで……」
ドアの隙間から見ると、ソフィアさんも目を覚まして座っていた。顔が合うと会釈して「入っておいで」と招き入れてくれた。
朝ご飯も昨日と同じスープを温めているようだった。
「それでどうしたの?」
ソフィアさんはまだ肌寒いのか、肩にカーディガンを羽織っている。それでも特に嫌な表情もせず俺に対応してくれている。
「少しだけ真面目な話をしてもよろしいでしょうか?」
言い方が悪いが、俺の興味が何であろうと、ソフィアさんにとって知ったことではない話だろう。17歳の旅人か商人かわからない若造が何かを変えられるとは思っていない。
「あら、娘はまだあげないわよ?」
と茶化しながらも聞いてくれる姿勢をとってくれて、受け入れようとしてくれている。
「そういうことではないです」
俺も、これから聞きたいことを考えると、その茶化しに少し乗っても良いと思った。
「あら残念。15でも嫁ぐことって珍しくないのに」
「俺の知る世界では25歳で結婚より仕事がバリバリ恋人な方もいますし、好きな事を謳歌してるのも珍しくないです」
「あらら、そうなの?」
「ええ……ということではなく」
とはいえ、そろそろ本題に入らないと日が暮れる。
「ソフィアさんの眼って、どういう状態ですか?」
カラン、とフィンが鍋のふたを落とす音が聞こえた。見ると「余計なことを聞くな」と言わんばかりに俺の方を睨んでいる。
敢えて触れてはいけないことだったのだろうか。だから改めてちゃんと聞きたいと思った。悪い状況になっていたのであればエルフリーデに聞かせるには酷だと思ったから。
そしてこのフィンの表情を見る限り、やはり単独で来たのは良かったかもしれない。冷静に話をするのは、第三者の俺のようなものが良いと思った。
何かできるわけではないが、少しでも手助けできれば、と傲慢かもしれないが、そう思ったからだ。
しかし、そうはできなかった。フィンのうしろにあるドアが開いていて、エルフリーデの姿があった。
「タナカ、何をしているの?」
*
勝手に宿を出て行っていたことを怒られ、勝手に母親に会いに行ってたことも怒られ、感じていたことを話してくれなかったことも怒られた。「いや、寝てたから」と言っても「それはそれ、これは大事なこと。でしょ?」と正論を言われてしまった。
改めて、ソフィアさんに眼の具合のことを聞いてみた。
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