第67話:おやすみ

 明日も来るということで、ソフィアさんに簡単なお別れの挨拶をした。宿まではフィンが送ってくれることになった。


「騙し打ちのようですまなかったな」


「いや、大丈夫だよ。結果的に俺たち……というかエルフリーデのことを思ってだってわかったから」


 フィンが俺に話しかけてくれるのは信用されたということだろうか。自分の妹が信用していて、オイレンブルクの王も信用している男だからだろうか。たぶん、ここまでの道のりについて、さっきエルフリーデがソフィアさんに話していたことを聞いてなのだろう。良かった。


「さっきお母さんの調子は大丈夫だったの?」


 エルフリーデも気にはしていたようだ。そうは見えなかったが。


「あぁ、いつもあまり調子が良くない感じだけど、最近はあれでも落ち着いてきた感じなんだよ」


「う~ん、そうは言いつつも、何かできることがあればやりたいと思ったんだけど……。あとでちゃんと聞きたいなぁって思ったから」


 今日はテンション上げて話した後に、ソフィアさんからも話を聞くつもりだったみたいだ。自分なりに、盛り上げて楽しませてから本心を聞こうとしてたのだろう。やはりエルフリーデは相手のことを考えているようだった。ただ、今日はそれ以上に相手が疲れてしまったようだ。


 しかし……


「エルフリーデは、会ったばかりで、よくフィンと会話ができるね……いや、言い方が良くないか。こう、恨みというか、何というか……」


 俺が聞きたいのは、突然できた兄ってどうなの、ということだけど、直接聞くにもナーバスな感じがするので、言葉が出てこなかった。


 それを察したのか、エルフリーデから言ってくれた。


「王族に何か隠し子がいる、ってのは、無い話だと思うよ」


 思ったよりもあっけらかんとしている。


「だけど、だいたい、男性側が多いんだけど、女性にも秘密がないってのは、ある意味対等じゃないと思うんだよね。だから今回の件は、お母さんが納得しているのであれば、私はそれを受け入れるしかないかなぁと思うんだよね」


「本当にそれでいいの?」


 意地悪な質問を投げてみた。おそらくそれはエルフリーデの本心ではない。そんな大人びようとしている15歳は良くないと思った


「言いたいことは山ほどあったし、まだある。けど……けどね、あの状態のお母さんを見たら、言えないじゃない? 一人で何か背負ってる感じとか、たぶん、私の知らなかったこともいっぱいあるんだと思うんだ。だから、今は、お母さんが、事実だけじゃなく気持ちの部分を話してくれるまでは待とうと思ったの」


 やばい、エルフリーデのこの考え、もっと子供はわがままであるべきだと思うんだけど、大人というか、我慢しているというか、聞いていて辛い。


 でも、だからなのだろうか、俺といるときは天真爛漫にわがままに、自由気ままにふるまっているのは。


 王族であるゆえに、王女であるゆえに、我慢しなければならないことをわきまえているのだろうか。


 だとすると、俺はもっとエルフリーデに振り回されるようにしなければならないし、したいと思った。


 フィンは黙って聞いていた。彼は彼で、知っていたとはいえ、突然目の前に現れた妹との距離感を測りかねているようにも見えた。


 それからは特に他愛もない会話が続き、宿に戻ってきた。厩舎で柵につないでいるマテンロウとキャラメルを見ると大人しくしていた。



 宿につくなり、エルフリーデは布団に寝転んだ。そして「タナカ、おやすみ!」とだけ言った瞬間に眠りについた。


 今日は一日とても長かった。行動している時間よりも、内容が濃かった。何があっても口外できない。したときは、オイレンブルクにも、もしかしたらビンデバルトにも住む場所はなさそうだ。


 さてしかし、ソフィアさんのことが気になる。あの状態は普通じゃない。


 まだこの世界は呪いや何かがあるのか、自分のせいだと思い込んでいる節がある。


 医療についてはまだ未発達なところはある。しかし、原因くらい突き止めるのは無理なのだろうか。


 俺は医者ではない。ではないが、前の世界では40歳だったし、不摂生な仕事だったこともあり、健康診断は気にしていた。契約社員でも年1回はしっかりと受けされてもらえた。


 病名まではわからないが、もしかしたら、というのがいくつか察しが付く。この世界でも同じ人間の作りをしていると考えると、たどり着くのにそうそう違いはないと思われる。


 エルフリーデに聞いておこうか悩んでいたが、寝てしまったので黙っておくことにしよう。



 翌日早朝、俺は一人宿を出た。

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