第39話:収穫祭
事件から2カ月経ち、無事に蕎麦の実も収穫できた。
収穫量はあまり多くなく、国民が食べる量はぜんぜんまかなえていない。もちろん他国から人を呼び込む量でもない。ただ、第1回目と考えると、十分な量である。村民の食糧としてはもちろん、口コミインフルエンサーとして広めてもらう貴族の分は足りている。
現在、このバッケスホーフの村は王の直轄地になっている。いずれ領主が任命されると思うが、もうダメな土地と言われないように整えることはできたと思う。
国王が食べ、下の貴族が食べ、新しい物好きが訪れるようになる。そして良い感じでブームになってくれることを期待しよう。
そこまでの間、まだある耕作放棄地の一部を蕎麦畑に転用させていき、年4回の収穫で量を増やせるように村長に頼むことにしよう。
そして、麺づくりも教えてから3カ月も経つと、上手に打てる人が何人も育ってきている。まずは作って収穫して加工しての2次産業までと思っていたが、予定より早く3次産業の目処が立ちそうだ。
蕎麦屋の店構えを作るには、今回の収穫から食べられる蕎麦の状態にして、出資者である国王に「商売になる」と認めさせ、さらに資金を出してもらって作ればよい。
国王からすると、この村は元々産業がなく痩せて細っていたところ、一つのものを見つけ、それを販売まで持っていくことで発展させることができたという実績を作ることができる。これからの国を変えていくモデルケースとして他の町、のみならず他国へもアピールできる。
麺つゆ問題だが、薬局のオーナー経由で行商をしている人を紹介してもらい、出汁を取るための煮干しと昆布の入手先を教えてもらった。交渉の結果、交換に蕎麦の流通をさせることで成立した。
醤油はまだ見つからないが、魚醤のようなものがあるという情報をもらった。ということは、大豆から作っているところも、この世界のどこかにあるかもしれない。望みはゼロではないのは良いことだ。
「タナカ、これはもう茹でて良いの?」
「あぁ、それはOK」
「もっと打った方が良いか?」
「今日は村民全員参加だから、まだまだ足らないよ! どんどん打ってくれ」
「了解!」
「村長、小麦は出しちゃっていいのか?」
「良いよ、これからこの村は蕎麦だ! 今日は祭りじゃ! 小麦も大盤振る舞いだ!」
「イェ~イ!」
村は蕎麦の収穫祭をしている。100名ほどしかいない小さな村なので、ほぼみんなが家族ぐるみの付き合いだ。
その中に俺やエルフリーデも参加させてもらっている感じである。俺やエルフリーデは蕎麦づくりの間の2カ月、この村に泊まり込んで生活している。
誰かのところに居候するか聞かれたが、小屋でも問題なかったのでそのままだった。変わり者と言われたが、2人にとって特に問題はなかった。俺は単純に気を使いそうだったからだけど。ただ、国王が心配になって護衛は送られてきているので、実質2人だけではないが……。
その間に俺は村民に色々教え、エルフリーデも子供たちに勉強を教えたりして、かなり近い関係になっていた。蕎麦の実が成長するとともに、俺たちも村民の中に入っていくことができた感じだ。
「タナカよ、小麦と野菜でてんぷらとは?」
「あぁ、それは危ないから俺がやるよ。衣でカリっとサクっとが難しいんだよ」
「わからないけど、任せるよ」
村長から信頼を得たのも大きかった。長老的な村長ではないが、村民の信頼を得ている者からの信頼は、村で認められる理由になる。
「村長、これからの蕎麦についてですが、任せても大丈夫でしょうか?」
基本的な作り方は難しくない。収穫も農地の拡張も、そこまで王様がかかわれないこともあり、今は村民にゆだねられている。増やすも減らすも、村を発展させるも村民次第だ。
また流通についてだが、時期を決めて業者に回収させるには業者の手間がかかるので、収穫後、一番近い商業ギルドに伝えて回収してもらうことにした。
「大丈夫だ。任せてくれ。せっかく村を立て直すチャンスをもらったんだ。みんなで団結して期待に応えるようにするよ」
「何とも心強い!」
まだ若さも残る村長なので、覚えも早く助かる。これからも任せることができそうで安心した。
蕎麦の準備は完了した。それから野草の天ぷらを揚げて、皆が囲めるテーブルへ整った。
村長の挨拶が終わり、俺が一言求められたがエルフリーデに譲った。こういう時は高貴な人が一言いうのが決まる。エルフリーデは照れ臭そうだったが代理を引き受けてくれた。
「え~っと、この数カ月。突然来て怪しく思われたかもしれません。でも、いろいろありましたが、皆さんの努力のもと、こうやって蕎麦が完成しました。皆さんのご理解があってできました。タナカと私は皆さんに協力したまでに過ぎません。これからのこの村の発展がとても期待できます。まぁタナカも私も食べたいという思いからではありましたので、あるいみ邪なところから始まっていることをここにお詫びしつつ、乾杯いたしましょうか!」
最後に少し笑いを入れることで村民の心を掴めている。この子は掛け値なしで、天然で民に好かれるタイプなんだろう。
準備は整った。みんなの微笑む顔を確認した。
「では、かんぱ~い!」
「かんぱ~~~~い!」
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