第38話:こういう時どうしてよいのか

 俺たちは薬局のオーナーの護衛もあり、無事に村に帰ってくることができた。俺に情報を教えてくれた少女が待ってくれていた。泣きじゃくって、笑顔で。


 そしてすでに国の憲兵が到着していた。


 領主シュテファンと、隣国の貴族もそのまま引き渡した。シュテファンが気絶している理由を問われたが、オーナーの「緊張してたんじゃないですか?」とぼけた感じで事なきを得た。


 エルフリーデが憲兵に状況を説明している間、暇そうにしていた俺の姿を見つけて、門番が声をかけてきてくれた。


「大変だったみたいですね」


「そうだね……でも、あなたのおかげで助かりましたよ」


「いえ、馬で駆けていくあなたの姿を見たら、何か大ごとがあったんじゃないかって、思うのは当たり前ですよ」


「たしかに」


 商人である俺が、扱いが難しいけど力のある馬を、あっさりと馴らして駆け足で去っていく様を見ると、ただ事ではないと察知することもできる。普通の商人はあんな乗り方をしないだろうし。


「大丈夫ですよ、必要以上のことは憲兵に伝えていませんから」


 さらに気が利く門番。仕えているのは王であり、給与は領主から受け取れど、何かあると王への忠誠だそうだ。とはいえ、俺について深く詮索してくれないので助かる。


「あなたは私の村に富をもたらせてくれると信じてますよ」


 そういって、門番は離れていき、情報を教えてくれた少女のもとへ向かった。抱えたり親しく話しているところを見ると親子だったんだろう。だから俺やエルフリーデのやっていることが耳に入ってたのかもしれない。少女よ、グッジョブ!


 事情説明を終えたエルフリーデが俺のもとに来た。結構疲労困憊という感じだ。


「私は寝てたけど、事情聴取って……」


「まぁ、誘拐された当事者だし、俺より身分が高いから、監督者として仕方がないんじゃないかなぁ。」


「そうね、嫌でも王の娘だし、そのあたりは憲兵に付き合ってあげないと、あの人たちも仕事だしね」


 肩をすくめたが、こんな時でも人のことを思いやれるのは良い育ちだったんだろう。


「しかし、エルフリーデのパンチは効いたよね。領主のこめかみにガツーンと」


「あぁ、あれは、学校で習った痴漢対策だったんだけど……役に立つこともあるのね」


「あれがあるなら結構怖いもの知らずだよね」


「タナカは気楽よね~……嘘、本当は心配して色々動いてくれたみたいね」


 村まで帰る道中、オーナーから聞いたり、戻ってきてさっきの門番からも聞いたりで、俺の行動も詳しく知ってくれたようだ。


「まぁ、そうかもしれない。俺は頑張ったかも」


 結構照れ臭い。


 エルフリーデが頭を深く下げた。


「ありがとう。感謝してます。お父様……いえ、王に代わり感謝申し上げます」


 そうだ。俺のやったことは、本当はかなり評価されることだ。なぜなら、あの時は高揚していたとはいえ、命を張る行為である。だが死への緊張感がなかった。今更身震いをする。


 だが、結果的に上手くいっただけだ。薬局のオーナーが登場しなかったら、隠れていた者たちに始末されていた可能性もある。


「運が良かっただけだよ」


 そう謙遜するしかなかった。


 まだエルフリーデは顔を上げない。姫に首を垂れさせるなんて、あまり見栄えの良いものではない。周りからの視線が痛い。


「エルフリーデ、顔を上げてもらえないか? 俺は十分感謝されてるのはわかったから」


「いやだ」


 頭を上げるのを嫌だと言われても、困る。


「いやだ、って子供じゃないんだから……さぁ、ほら」


 俺はエルフリーデの腕を取り、肩に抱えようとしたが、顔を背けられた。


「いやっ」


 その頬は涙で濡れていた。


「エルフリーデ?」


「いやっ、見ないで……」


 目を赤く腫らし、涙を流している。安堵によるものなのか、くしゃくしゃになっている表情は見られたくないものだろう。俺は手を放した。


「ごめん、なんだかんだホッとしてしまったよね。こう安心したというか、無事で良かったというか」


 俺があたふたしているが、エルフリーデは深くため息をついた。


「あのね、タナカ!」


 エルフリーデは俺の胸に人差し指を突き当てた。


「こういう時は、優しくそっと抱きしめるのが正解なのよ!」


「……え?」


 そんなことを言われても、俺が女の子を抱きしめるとか、無いでしょ。


「物語とか読んだことないの? みんな無事で、緊張の糸が切れて、涙があふれている女の子の近くにいる、一緒に旅をしている男の子……がやることって、ギュっと抱きしめるのが相場じゃない?」


 まだ目は腫れているが涙は止まって笑顔を作っている。なかなか楽しそうな表情になってきている。俺をからかい始めて楽しくなっているのだろう。


 だとすると、せっかくなのでご期待に添うようにしたい。あまり経験のないことだが、この世界では俺はまだ17歳ということで許してもらおう。


 エルフリーデを両手で引き寄せた。しっかりと抱きしめた。


「エルフリーデ、君が無事で本当に良かった」


「もう……そういうことよ」


 いまどんな表情をしているかわからない。俺はめちゃくちゃ照れている。が、たぶんそういうことだろう。エルフリーデの反応も悪くないので、抱き寄せるタイミングはギリギリ間に合ったっぽくて良かった。


 時間は長く感じたが、おそらく10秒にも満たないだろう。そういうもんだ。しかし周りに人もいるのでお邪魔されるのは当たり前だ。


「お二人さん、いちゃいちゃはそれくらいにして、あたしたちは自分の町に帰らせてもらうよ!」


 薬局のオーナーが声をかけてきてくれたおかげで、俺はエルフリーデを開放することができた。抱きしめると離れるタイミングが、これがまた難しい。


「あ、あぁ、今回はホントに助かったよ。ベストタイムだった。また何かあったらお返ししたいと思っている」


「いいよ、言ったけど、あれは前にタナカがしてくれたことへのあたしからのお返しだから」


「ん? タナカは何かやったの?」


「あぁ、前に行った町であった子が困ってたから、このオーナーにその子が持ってたお茶を扱うようにお願いしたって話」


「そうそう、タナカが紹介してくれたその子のお茶の評判が良くてな! おかげで商売右肩上がりさ」


「へぇ、いろんなところで人助けしてんのね」


「う~ん、いや、そこの町のことが切っ掛けだったんだよな。俺にもできることがあるかもしれないって」


 色々思い出すが、あの時やってよかった。そして、旅に出て1番目に訪れたこの村でも、あの時は素通りだったが、これから良きものもできそうだし。


 エルフリーデに、3番目に行った町の話も少しつたえた。


 思い出話に花が咲きそうだったが、オーナーはすぐに出発しなければならず、「また何か面白いことをするんだったら呼んどくれ」と足早に去っていった。


「オーナーさん、今は特にお父様に希望することはないって」


 のちに憲兵から国王に報告があった時、いずれ何か褒美は与えられると思う。


「何というか、気風が良いね。江戸っ子だねぇ」


 オーナーは肝っ玉母さん系で、話の分かる姐御肌である。本当に良い出会いだったと感謝している。


「エドッコ?」


「いや、それは……なんというか、その、また今度話するよ」


 ほっとして油断してしまった。今後、話をするかどうかわからないが、なんとかごまかしてやり過ごそう。


「いや、今度話してくれるなら今でも良いんじゃないの?」


 たしかにその通り。


 だが、いまはそれよりも蕎麦づくりをしたい。そうしたい。


「それよりも、早くみんなと一緒に蕎麦の続きをしないと」

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