第37話:言いたいことはそれだけ?

「はじめまして、クズ領主のひと」


 昨晩からの事情を知ったエルフリーデは仁王立ちでにらみを利かせる。


 捕らえられたバッケスホーフの領主・シュテファンは怒りを隠せなかった。


「王家に返り咲いたラッキーな貴族の分際で! 俺と何が違うってんだよ!」


 たぶんそういう態度をとるところが違う部分だろうと思うけど、それは俺の口から言うと藪蛇だろう。


「大戦でも勝って、お家騒動でも勝って、それなのに俺はこんなちっぽけな村の領主だと? 命張ってんのに割が合わねぇんだよ!」


 だが領主というだけで良いのではないか。俺なんて家自体も貧乏だったわけだし。というのも言えない。


「そんなのうのうと生きてきた元貴族様のご令嬢がこんなところに来るなんて……」


 俺もエルフリーデも、薬局のオーナーたちも何もしゃべらず、この間抜けな領主様を眺めているだけだ。観念しているのか、まだ何とかなると思っているのか、自らペラペラと悪態という名の自白をしている。


「俺はちゃんと政治をしてたんだぜ! 国に求められたものを徴収して納めているし、民が食えないのはあいつらが作物を育てないからだろう? 俺は悪くないぜ! そう、王家が求めるのが無茶しているんだからな!」


 実家を馬鹿にされているエルフリーデに申し訳ないが、黙っていると色々語ってくれるので面白くなってきていた。聞いてもないことを語りだすとき、さらに多くしゃべる時は、だいたい嘘をついている。


 シュテファンの服装や1カ月に及ぶバカンスを堪能しているという部分を考えると、多く徴収して正規の量を納めて、余った分は横流ししているのだろう。国にバレていないということはそういうことだ。


「こいつだってそうだ。お前らオイレン一家には不満がある。もっと他にも大勢、俺みたいな不平を唱えるやつらがごまんといるぜ!」


 シュテファンが隣国の悪趣味衣装の貴族を見るが、その貴族は気まずいのか目をそらす。


 この隣国の貴族はとばっちりなのだろうか。いや、元々人身売買をするような輩だ、それを報告すればいずれ捕まる。ビンデバルトの警察も無能ではないだろう。隠しても証拠は見つけられるだろう。


 なにより、他国での姫の誘拐に加担しているということでの捕縛は、正当な理由としてビンデバルトにも理解される行為だ。


 横流しの相手がこの貴族の可能性も高い。いずれにせよ、条約に乗っ取り尋問されるだろう。


「数年前の干ばつだって、俺のせいじゃねぇし……戻らないってことは、元々クソみたいな土地だったってことじゃねぇか……こんな土地、俺が好きにしても文句ないだろう。王家から与えられたものってことは俺のものだしな! いや、このまま捨ててしまっても文句は言われねぇよなぁ!」


 この言葉は聞き捨てならない。民を守るのが領主の役割ではないか。その自らの仕事を放棄しているように思える。


 褒美が少ないといって不満を漏らすのは百歩譲ってわからなくはない。だが、それにより腐って民を植えさせるのは愚の骨頂。こいつはどうしようもない。


 まして、枯れたからといって何も行動をせず放置しているのは、自らの愚かな行いであることに気が付いていない。改善さようという気が見えない。


 そして、この村には蕎麦という特産になるものがあった。それを見つけられないのは、領主の見識が狭すぎることによる。それが食料になるとわかれば、今回俺がやろうとしていることも考えつくだろう。王のベンが他国で食べたことがあると言っていたということは、蕎麦がきにせよ知識があればたどり着けたことだと思う。


 その無能っぷりをすべて自分以外のもののせいにするとは、愚かなり。そして、俺の実家はこんなクソ野郎に負けていたのかと、悔しくて仕方がない。


 黙っていたが、もう我慢ができなかった。


「それを何とかするのが領主だろうが! 俺にはこの土地に未来しか感じねぇ――」


 こぶしを振り上げるのは我慢しよう。俺は商人だ。貴族にたてつかないでおこう……なんて思っていたのだが、言い終わるより前にエルフリーデのこぶしがシュテファンのこめかみにヒットし、気絶させてしまっていた。


「言いたいことはそれだけ?」


 エルフリーデはドスの利いた言葉を告げ、ふぅ、と呼吸を整えた。今までにない姿に、俺は唖然とした。

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