第36話:心配し過ぎたわけではない
驚き、思わず声を上げそうになったが、ゴツめの手で口を押さえられた。
振り返ると、薬局の卸売りのオーナーの姿があった。
「静かに」
小声で俺にささやく。俺は黙って頷く。ゆっくりと手が離されていく。
「ふぅ……どうしてオーナーのあなたがここに?」
「どうしてもなにも、我々業者の抜け道を通ってたら、怪しいやつがいたから、周囲を確認してただけだよ」
オーナーが向けた視線の先には、屈強な男が数人、人を捕まえている姿があった。
「てっきり山賊と思ったんだけど、聞いたらそうじゃなかったんで、その雇い主を探したところ、馬車の影にあんたを見つけたってわけだよ」
やはり、シュテファンは何かしら周囲を警戒していたようだ。無理をしなくて良かったのかもしれない。俺は心強い味方を得たことで安堵した。
この肝っ玉母さん的なオーナーは、取引をするときに交渉を優位に進めたり、道中の安全面も考えて護衛を雇っているとのこと。店の従業員でもあるようだ。
「たしかに、あの時も少女を怒鳴ってた男は怖かったもんなぁ」
ふと、当時のことを思い出した。まだそんなに経ってないけど、自分の生きていく方向性を見つけたっ初めの場所だった。
「それは言いっこなしだよ」
オーナーは恥ずかしく肩をすくめる。だが、その彼らも今は味方だ。
「それで、この状況ってどういうことなんだい?」
俺は簡単に経緯を説明した。
「つまり、あの貴族たちが悪者ってことだね?」
「まぁ簡単には」
「……あれは、ビンデバルト側の貴族だね。名前は思い出せないけど、怪しいことをして稼いでるとか言われつつも尻尾を掴めないとかって話だっけな。それで誰からも嫌われてたような……」
さすが、行商をしているだけあって情報は持っている。ほぼオーナーのいうことは、さっき俺が聞いていた言動を鑑みても間違いないだろう。
「しかし、俺に協力しても良いのか?」
「どうしてだい?」
「相手2人は言うても貴族だよ?」
「だから?」
「貴族相手にした方が儲かるんじゃないの?」
「馬鹿なことを言いなさんな。姫を売ろうとしているクソ貴族と、買おうとしていて自分の国で嫌われているクソ貴族。誰が好んでそんなのに味方するのか」
「まぁね」
「それに、タナカには借りがあるからね」
たぶん、それはカモミールの件と、自分の店が間違った方向へ行かなったことへの礼だろう。
「感謝するよ」
「タナカ、あんたが人が良いのはわかってるけど、商業ギルドに身を置くなら、もう少し人の言葉を疑った方が良いよ」
「ん?」
「私も損得で動いているってことだよ。つまり、今回は姫を助けたほうが店に有利、っていう下心だよ。なかなか王家に近づくことって難しいからね」
なるほど。そういう視点も考えておくのが商売のやり方と言えばそうだ。
無駄に話が長くなってしまっていたが、その間にオーナー率いる従業員たちは取り締まる配置を済ませていた。
「じゃあ……」
オーナーは手を上げ、振り下ろした。その瞬間、ものの10秒ほどだろうか、シュテファンも相手の貴族も剣を抜く間もなく取り押さえられていた。御者は抵抗することはなかった。
俺はエルフリーデに駆け寄った。
「おい! 大丈夫か? 起きろ!」
体を揺らす。気丈に見えて、剣も振るが、体は華奢である。軽い。守られているのかもしれないが、俺もこの子を守らないと。そういう思いが強くなる。
「ん? タナカ? まだ暗いけどもう朝?」
「……よかった」
気の抜けるような目覚めの挨拶だったが、当人にさらわれた恐怖の意識が無かったようで何よりだった。
見たところ、服も乱れていないし、顔も体も傷つけられた様子はない。良くも悪くも、シュテファンが商品としての価値を考えていたということが、結果的にエルフリーデを守ったのかもしれない。
まだ瞼が重いのか、ぱっちりとしていないが、意識ははっきりしてきたようだ。
「何があったの?」
体を起こして、外の様子を見る。そこにはマッチョ男数名と、女ボスみたいな体裁で立っている姿がある。
「もしかして、私、いま、襲われようとしているところ?」
「いや、むしろこの人たちが助けてくれたところだよ」
失礼なことを言ったのだが、無事だったのを確認したオーナー達はニコリと返してくれた。
「じゃあ、それなら良いか……でも」
「でも?」
「この馬車って、ショボくない? 硬くてなんか全身痛いんだけど」
まぁ無事で何よりだった。
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