第34話:朝起きたら突然に
昨晩、エルフリーデはどうして自分語りをしてくれたのか気になっていた。俺が信用に足りると思ってくれたのだろうか。特にこれといって何かしたわけではないから、詳細を聞きたい。
朝起きて隣にいなかったが、顔を洗ったり、畑の準備をしたり、機能の片づけを手伝ったりしているのだろうと思っていた。しかし朝の作業開始になっても姿を現さない。
「騒ぎ疲れてどこかでサボってるとか、無いよなぁ」
真面目な性格をしているエルフリーデにとって、サボりはないと思う。一人で開花のチェックをするには広い畑を見て、どうしたものかと途方に暮れそうにしていたとき、村の少女が走って近づいてきた。
「タナカ! お姉ちゃんが!」
少女は息を切らして俺にしがみついてきた。
「今朝、お姉ちゃんが連れていかれたの!」
「な、に!?」
「私、見ちゃったの。馬の後ろに乗せられて連れていかれるのを」
涙目になりながら必死に俺に伝えてくれている。これはマジのようだ。
「どっちの方向へ行ったかわかる?」
コクリと頷き、西の方角を指した。そっちは領主の屋敷の方向。
「まさか……拉致か」
最悪なことが頭をよぎった。姫と分かってて拉致ったのか……悪政をしている領主だ、何をしてくるかわからない。
「ありがとう。俺、探してくるから大人しくしておいてね」
不安がる少女を声をかけ、俺は急いで領主の屋敷へ向かった。
*
先日、オイレンブルクへ戻ったとき、門番にお願いして馬を借りた。その時はまだ領主はバカンス中だったため内緒で借りることができた。
そして、この村で馬を持っている人物と言えば領主くらいしかいない。村民が持っているのは、共有でロバくらいだから。
急ぎ、走って、少し整備されている道まで出てきた。門が見え、もうすぐ屋敷。しかし猛烈な速さで門から馬車が飛び出してきた。
馬の御者の鞭がビュンビュンと風を切り、必死に馬が駆けている。俺が前にいるにもかかわらず目もくれず、突っ走ってくる。俺は慌てて木の影に隠れた。
馬車の二人乗りのクーペのような籠の中には、領主らしき派手な人物と眠らされているエルフリーデの姿があった。
「あ!」
俺の声は馬が土を蹴り上げる音にかき消される。その上げた声もむなしく、何事もなかったかのように走り去っていった。
その走り去った方向は、西。つまり国境の際にあるこの村の隣。隣国ビンデバルトへ向かっている。
「……くそっ! どうしたら良いのか」
このまま走って追いかけても間に合わない。まだ屋敷には馬が余っているはず。
俺は馬車が走り去った方向とは逆の、領主シュテファンの屋敷に向かった。
村民である門番とはすでに仲良くなっていた。村のために働こうとしている俺やエルフリーデのことを快く思ってくれていた。
「タナカ!」
俺の姿を見ると門番の方から声をかけてきてくれた。心配そうに見ている。
「今朝、お嬢様が連れてこられて、今しがた馬車で連れていかれてしまった! どうすることもできずすまん!」
「あんたが謝ることじゃないよ!」
門番の立場を理解している。だから、報告してくれただけでもありがたかった。これでエルフリーデを連れ去ったのはシュテファンであることがわかったのだ。
「すまんが、馬を一頭かしてくれないか?」
「……」
門番は俺たちの味方をしてくれているとはいえ、「はいどうぞ」と雇い主のものを渡すことはできない。それは俺も重々理解している。
「ダメなのか……」
融通が利かないというよりも、この村の主従の重さもあるのかもしれない。
「あの馬は……」
知恵を絞り出して、俺に機会を与えてくれている。
「あの馬は、この屋敷で一番のスピードを持つが、暴れ馬で、手が付けられないんだ。暴れて手綱が少し緩んでしまっているから、逃げてしまうかもしれない。これは独り言なんだけど」
そういって、ちらちらと馬小屋へ目配せしている。しかし、どう見てもしっかりと固定されているようだ。
「心遣い、ありがたく受け取らせてもらう」
俺は迷わず“暴れ馬”に近づき、またがって手綱を取った。鞍をつける余裕がなかったので、明日、お尻が痛くなるだろうなぁとは思ったが、仕方がない。
「すまん!」
門を飛び出し駆け抜けていった。
その姿を見た門番は、自分のやったことに間違いがなく、すがすがしく見送りだしてくれた。ただ、商人が鞍もつけず鐙もなく、さらに襲歩で全速力で走る姿を見て門番が驚いた。乗れるだけではなく、駆け足できる商人を見た事がなかった。
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