第33話:王女の思い

 先行投資で受け取った金額は、一部村民の生活費に充てた。労働力を確保するということも、事業を成立させることに必要な経費である。あとは購入した農機具で耕作放棄地を耕すことにした。


 生活はギリギリだが、いままでが質素以下で目的もなく生活し、痩せ細っていた状況を考えると喜びしかなかった。


 蕎麦はだいたい70~80日あれば収穫できる。20度以下で発芽し、28度を超えると生育が悪くなる。昼夜の寒暖差もあるので、このバッケスホーフ村の冷涼な気候は蕎麦づくりに適している。色々な条件が風味を濃くする原因があるのだろう。ただ、その探求は村民に余裕ができてから考えてもらえばよい。俺がそこまでやることもないと思う。


 畑に50センチほどの感覚をつけて畝を作り、種をまき、土をかぶせ、水を撒く。肥料はあまり必要がないが、ほどほどに。


 水は何とか人力を動員して、桶で運んで撒いている。ここはまた今後簡単にできるようにしなければならない課題だと思う。


 数日かかり、芽吹き、花が咲き、みなが歓喜した。その日の夜は村民が集まり盛り上がっていた。


 集まりの主役はいつも通り味の薄いスープ。まだそれくらいしかない状態だが、上手く育てると食べ物に困らないし村が豊かになると信じている。


 俺やエルフリーデは、この村に何日いるのだろうか、そのスープにも慣れていた。


 俺はまだ貧乏貴族出身で、旅の途中でお金も付きそうになるくらいだったし、何より前の世界では貧しい生活をしていた。だからこのようなスープでも村の状況を知っているから特に文句は出ない。


 しかし、エルフリーデは食うに困らない生活をしていた王女である。その前が貴族だったとはいえ、上級貴族だったはず。学校にも通えるし、不自由なく暮らしてきたはず。それなのに、村民と一緒に汗をかき、泥にまみれ、一緒に喜び、本気で屈託のない笑顔という自然体でいられている。


 王様の娘ということで育て来られただけではなく、本人の資質に、民に寄り添い思う気持ちがあるのだろうか。なかなかできることではないと感心する。



 集まりも落ち着き、皆がその場で疲れて寝込んでいたり、各々帰宅していた。俺は少し離れたところで満月を眺めていた。


「お疲れ様。とりあえず、第一段階完了だね」


 そう言って俺の横にエルフリーデが丸太に腰を掛けた。


「あとは受粉させて、実をつけて乾燥させて……まだまだだけどね」


「タナカは色々考え過ぎじゃない? 年間4回も実が付くんなら、何とかなるって」


「まぁ、そうっちゃぁそうだけどね……責任感ってあるじゃない。言い出しっぺだし」


「う~ん、言い出しっぺであることは間違いないけど、タナカ一人でやっていることじゃなく、村民も、私も、お父様も納得したから協力してるわけじゃない。もっとみんなを信じようよ!」


「いや、信じてるよ。だけど……」


「もお! ひとまず花になってるってことは順調なんだよ! だからそのあとはそのあとで良いじゃない!」


 たしかに心配性ではある。花が咲いたのは良かった。それを喜ぶべきかもしれない。そうじゃないと周りを不安にさせてしまうかも……ってのも真面目過ぎるのか。受粉させるにはもう少し時間がある。何か問題が出たらその都度対応すればよいか。


「そうだね。ひとまず今日のところを喜ぼうか」


「うんうん」


 満月がそうさせたのだろうか、お祭りのように盛り上がったからなのだろうか、少しの沈黙の後、エルフリーデが自分のことを語り始めた。


「私ね、今は社交的のように見えるかもしれないけど、以前人間不信だったことがあるの」


 そんなことを言われても、なかなか信用できない。不思議そうに見ると、力弱く微笑み返してきた。


「まだ王籍に戻る前の貴族だったころ、母がビンデバルトの若い貴族に熱を上げてしまって、そのまま支援するために家を出て行ってしまったのよ」


 それで隣国・ビンデバルトと交渉するのが個人的に嫌だったのか……たしかにキツイよな。なんだろう、熱を上げるって言ってもいろいろあるけど、若手アイドルや俳優にはまるご婦人みたいなもんだろうか。


「そのあと王籍に復帰してから、母から連絡があったという噂話聞いて、身内でさえそういう汚い考えの人がいるのかと、心がやんじゃったの。でも一番つらいはずのお父様が気を使って、他国の面白い話とか聞かせてくれたり、お兄様やお姉さまも私と遊んでくれたりしてなんとか戻れたの」


 俺が経験したことがない過酷な話かもしれない。でもだからあの父親(国王)の娘への溺愛っぷりかもしれないと納得できる。


「学校も復学して、友人たちは王籍になった私でも何も変わらず接してくれたことで、だんだんとまた人とかかわりたいって思うようになれた。そして、末っ子ってこともあったから、どうせ家は継がないし、もっと見聞を広げたいなぁと思ってたところ、フリッチュの街にあなたがきて、見た事がなかったリゾットで美味しいってことを思い知らせてくれたってわけ」


「それは、国王にとっては心配の種を作っちゃったってことかもね。こうやって連れ出してしまってるわけだけだし」


「いやいや、それはむしろ感謝してると思うよ」


「そうなの?」


「うん。じゃなきゃタナカはすでに死んでるって」


「ん? なんで?」


「そりゃ王女をそそのかしたって、それだけで罪でしょ」


「……考えてなかった。たしかにそうだね」


「そう、だから、認めてくれてるんだよ」


 考えると、恐ろし怖い。単に貴族の娘ってことで話してただけだったのだが、王女だったんだから……結果論だけど、一般人が連れ出して良い人ではない。良く無事だったと感心する。


「まぁ、タナカが無事で何よりだ」


「そうだね……今後も無事でありたいもんだ」


「大丈夫、その時は私があなたを守ってあげるから」


 エルフリーデは腰のサーベルの柄を触る。なかなか心強いことである。ただ、ちょっとカッコつけすぎたのを恥じたのか、スっと立ち上がる。


「月が綺麗だったからちょっとしゃべり過ぎたかも。私、先に寝るね」


 そういって寝床にしている小屋の方向へ戻っていった。


 当たり前だが、王族は王族で相応に一般人にはわからない悩みを抱えているようだ。15歳の経験としては、結構重い。自分のちっぽけさ(酒に酔い、自暴自棄的に道頓堀に飛び込んでしまった情けない姿)を思い出したら、恥ずかしい。


「この世界では、しっかりとした良い男になれる……ように努力しよう」


 やんわりと心に決めて、俺も今日は寝ることにした。


 しかし、朝を迎えたとき、いつも俺が起こしているエルフリーデがいなかった。

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