第32話:国王の思い

 翌日早朝、俺とエルフリーデは荷物を小屋に置いたまま、身軽な状態で王都まで戻ってきた。


 公式な謁見ではないので、エルフリーデの部屋で国王と会っていた。


「これはまた不思議な食べ物だ」


 打ち立てではないが、同じようにペペロンチーノ蕎麦を王に食べてもらった。反応は上々。


「先日のガレットもそうだが、以前食べた蕎麦とは作り方が違うだけで、これほどまた別の料理になるとはな……」


「それでお父様、この麺状の蕎麦をバッケスホーフの特産品にして、さらにこの国の新しいものとして誕生させたいんだけど、ダメかな?」


 これまで国王が進めてきた質素倹約とは反することに成るかもしれない。俺はそこが気がかりだった。しかし、国王も限界を感じていたようだった。


「たしかに、これほど美味い物があると、国はさらに発展するかもしれんな……しかし」


 娘がやりたがっているのはわかる。村民が困窮しているのも理解した。しかし、豊かになることがすべてではないと思っている。


「エルフリーデ、そしてタナカも聞いてもらえるだろうか、どうして倹約に務めるようにしているか」


 国王は自らの考えを語り始めた。


 国が豊かになることは国民が喜ぶことなので良いと思っている。しかし、必ずしもそれがイコール幸せになるとは限らない。


 なんでもあることが幸福なのかと言うとそうではない。何もないことが不幸だというのでもない。


 心の余裕や豊かさは必要だ。しかし、物のため、裕福になるために争いが起きてしまっては本末転倒である。


 人はさらなる豊かさを求め、他人を妬み、それを我ものにしたいと考える。それが国同士になった時、戦争が起きてしまう。このオイレンブルク8代目国王ベン=オイレンの危惧するところはそこである。


 商業ギルドは国は違えど王国とは一線を画し、交流することになっている。商業ギルドもなくなってしまうと、国の損益に関わるので王国も手出しはしない。商業が中心だったり、国民主権の国はもちろん国や政治ともかかわりを持つ。王政の国は、そうも簡単にはいかない。


「お父様も悩んでいるのね……でも、バッケスホーフの村民たちは、豊かになりたいというよりも、まず自分たちが生きていくために何かしようとしているの。そして、タナカが提案してくれたこの蕎麦が救うかもしれないの。お父様だって国民が貧しくしているのは嫌でしょ?」


「そうだな……」


 いち国民なので黙っていたが、国王が俺の方を見てきている。娘が信頼している人物ということで何かを求められているのだろうか……。それに気づいたエルフリーデも俺も見てきた。そして微妙な沈黙。


「え~っと、僭越ながら、俺も発言よろしいでしょうか?」


 二人とも助け船を得たように頷いた。


「あの村は、俺が旅を始めて初めに訪れたところで、何も見どころがなかったです。あまり美味しくない団子を食べたくらいで。でも今回、それすらありませんでした。他に見てきた町に比べると、あまりにも生活水準が低いと思われます。国が同じであれば、地域によっての貧富の差はゼロにできないにしても、できるだけ格差をなくす手助けも必要じゃないでしょうか」


 本当は「政治の仕事」と言いたかったが、それを言うとこの国王を否定してしまうことになる。なのでやんわりと。


「バッケスホーフで蕎麦づくりが始まったとしても、商売として成り立つには、まだ何年か先だと思います。作物を育てて収穫、加工して販売。それもすぐに知れ渡るわけでもなく、当分は村民自らの食糧となると思います。徐々に口伝いに広がっていって、やっと産業になるのではないでしょうか」


 実際に年に4回収穫できるのであれば、思っている以上に早く流行るかもしれないけど。


「徐々に国民の考え方を変えていくための、実験としてバッケスホーフでの蕎麦栽培を認めてみてはいかがでしょうか?」


 特にナイスアイデアがあるわけではなかったが、国王としての立場を考えると、第三者に言われた方が気が楽だったのかもしれない。良い方向に向きそうだった。


「それなら、良いかもしれんな」


「そうよお父様!」


「ではもう一つ提案としまして、この事業に関して、国王が投資ということでいかがでしょう?」


「投資?」


「はい、国王が投資ということであれば、村民も自らの利益だけに走らないですし、成功したときに他の地域へのお手本にもできるかもしれません」


 そう、投資にしてしまえば、通常の年貢とはとちがい、国王の管轄になる。まぁ心配なのは領主・シュテファンなんだけど……。気分良くは思わないだろうし。なんとかねじ込むしかないか。


「なるほど、そうすると、お父様が農機具を買い与えたりしても面目が立つってことね?」


「そう、国の新規事業として国王が投資するに値するものがあれば、他の地域でも盛り上がるかもしれないし」


 国王も覚悟を決めて膝を叩き立ち上がった。


「よし、わかった、今回は試しでそうしてみようか。小さな地方の村だし、実験とするには良いかもしれんな。それで、タナカはどうしたいのだ?」


「え~っと、国王の投資は、将来的に、蕎麦の販売で出た利益を村民と国王で案分として……、俺は、その手前で流通するであろう蕎麦の実の商業ギルドでの取り扱いの権利をもらえたら……」


 ただではなく、俺も何か求めるものがあるというのはバレてたみたいだ。


「蕎麦について我々より知ってそうなタナカも欲しがる実ということは、それだけ質が高いってことだな」


 まぁつまりそういうことだ。品質高いというよりも、他の地域よりも特徴がありそうなので、押さえておきたいと思っていた。


「若いのに、なかなかしっかり下心を持っているな」


「恐縮です」


 これは褒められているだろう。


「わかった。私の考えは長期的なものだから、それで良い。国庫も余裕があるし、基本的に農機具ということであれば投資としてはかなり安いだろう。タナカもただってわけにもいかないだろうし」


 これでなんとか形にはできそうだ。


 エルフリーデは領主・シュテファンについて語ろうとしなかった。自分には政治に介入したくなかった。村民のことを考えるとやるべきであるが、シュテファンを認めたのも父であることは、その父を否定するともとられかねない。いずれ悪事はバレると信じて。


 吉報を伝えるため、俺たちはすぐに村に戻った。国王は「え~! せっかく戻ってきたのに、ゆっくりしなよ、エルフリーデちゃん~」ということだったが振り切った。

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