第30話:今日は蕎麦を作りましょう

 この村・バッケスホーフの耕作放棄地は、放棄地とは言え元々食物を育ててきたこともあり、排水の溝や、肥料となる施設など、整っていたのは幸いだった。肥料の発酵具合も悪くなさそうだった。


 面積だが、いきなり大規模にすることもできないので、手始めに1日20食くらい……今の5倍くらいの大きさ25アール(2500㎡)を確保したいと思う。


 正確な寸法ではないが、自分の歩幅がどれくらいなのか体で覚えている。身長×0.45がだいたいの歩幅と言われる。俺は70センチ程度。100メートルだとすると、おおよそ140歩となる。これは小学生時代に嫌々言っていたボーイスカウトで教え込まれたことで、体で測れるようにするのは癖になっていた。


 その歩幅を目安に、エルフリーデと6日ほどかけて村を歩き、できるだけ良い土地を捜し歩いた。のこり1日は地面に落ちている蕎麦の実を収穫していた。これは村民も手伝ってくれたので、それほど難しいことではなかった。検地しながら地道に説明したのが良かったのかもしれない。何か村民に光明を与えられているなら良い。


 さて、収穫していた蕎麦も乾燥できて、石臼で引ける段階になっていた。早速だが、いくつか粉にしてこねてみた。


 エルフリーデと村民に見守られているが、それほど俺は蕎麦打ちが上手いわけではない。前の世界の企画の記事で蕎麦打ち体験を挑戦した程度である。だが、なかなか体は覚えていて、ちゃんとまとまり始めている。


 丸まっているこの状態の蕎麦を見た事がないので、村民は驚いている。タナカは育てて収穫して食べられる、特産品になると言っていたが、そもそもこれは食べ物なのかどうか、と。


 さらにそれを丸い棒で伸ばしていく。伸ばしていって、何度も平たく伸ばす。勘の良い村民は麺にすることは気付いたようだ。


 包丁とまな板、そして、この6日間に作ってた小間板と言われるそばを切る時の定規みたいな板。これでなるべく細く、細く切っていく。この形になった時、村民は気付いた。これはパスタだと。


 残念ながらこの村に昆布やカツオ出汁はなく、ましてや醤油がない。あるのは植物油と香辛料(唐辛子)、日々飲んでいる塩味が濃いめの野菜スープとベーコン。


 沸騰させてある鍋に一人前100グラム程度の面を投入。ばらけることもなく、麺として良い感じ。茹であがったらざるに上げて味見。


 これは紛れもなく蕎麦。そして、かなり香りが立つ。良い品質だ。


 ベーコンを入れた野菜スープを極限まで煮詰めて濃くして、それを蕎麦と絡める。さらに植物油と唐辛子、ベーコンをカリカリに炒めたものに絡めた。苦肉の策だが、ペペロンチーノ蕎麦という感じであろうか。


 完成したものをフォークで絡ませて食べてみた。果てしなく美味い。野菜とベーコンの出汁の強さに負けない蕎麦の香り。また良い感じの塩味。前の世界でレトルトのパスタソースで絡めたこともあったが、足元にも及ばない。これは良い。


 ただ、この世界の人に受けるかどうかわからない。村民は遠巻きに見ているが、興味持ちまくり女子のエルフリーデは早く次に食べさせろと横で待機している。


「……!!」


 フォークを奪い取ったエルフリーデは衝撃を受けた。


「なに! こんなに香りが立つの?」


 茹でているときも香りが広がっていたが、口の中に入れて広がる蕎麦の香りに驚いた。また、それはこの世界の人にも良いもののようで安心した。


「この前もらったガレットもかなり良かったけど、これは野菜の香りもベーコンも良いけど、蕎麦の香りがガレットよりも立ってる……美味しい」


 そう、ガレットの時よりも香りが立っている。つまりガレットの時の実は別のところからのものだった可能性が高い。


 他の国では食べている可能性がある蕎麦だが、この村・バッケスホーフの蕎麦はかなり主張がある蕎麦である。


 香りが強いのが必ずしも良いものではないが、食べる者へ衝撃は強そうだ。ある意味、この村の蕎麦の特徴が出せる品種だったのかもしれない。


「エルフリーデ、それで、これはイケると思うか?」


 反応を見てて大丈夫だと思うが、俺は念のために聞いてみた。


「当たり前じゃない! こんなの食べたことがないわ。かならず売りになるわよ……欲を言うと、パスタかなぁと思って口に入れるから、ちょっとだけもちもちしていると好まれるかもしれないかも」


 最後の注文は後で考えるとして、その反応を見て、残りの蕎麦も茹でて村民に振舞うことにした。


 俺は茹でてざるに上げ、エルフリーデがスープと絡めたり仕上げをして、村民に提供し始めた。

 いま集まってきている人数分を満たすほどの量はなかったが、みなが喜んで食べている。空腹だったということもあるのかもしれないが、まずは大盛況となったことで、この道端に生えていた雑草と思われたいたものに価値があるということを認知してもらえたようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る