第29話:枯れた村を救うために

 一晩たってもエルフリーデの怒りが収まっていなかったようだが、領主がいないのでこれ以上プンスカしてても仕方がない。今は蕎麦をどうにかならないか考えてみることにした。


 1回の収穫量はそれほど多くない。1反(10アール)で90キロ程度採れると調べたことがあるので、5アール(500㎡)の広さってことはその半分。いわゆる麺状の蕎麦が一人前100グラムだとすると、おそらく350人前くらいだろうか。これでは商売にならない。


 村の特産品、いずれ国の特産品とするには何倍も必要だ。1日当たり100人食べに来たとして、3日ほどで品切れになってしまう。


 蕎麦は二期作が可能なのだが、村民に聞いたところ、ここでは年間4回花が咲くそうだ。異世界万歳。蕎麦にとっては良い気候だと思う。寒暖の差が激しいので、小屋で寝るときには注意が必要だ。


 年4回収穫できるとしても、現状では足りない。さらにそれは自然作られていると考えると、かなり良い確率と思われる。受粉が昆虫によってされているのだろう。それを人工的にすればもっと生産性を高められると思う。


 目標は一日100人前から始めて、まずは国内の旅人を訪れさせるようにして、村の特産品に高めたい。


 再収穫できる3カ月分ということは、だいたい9,000人分。つまり、現状の25倍の面積は必要になりそうだ。


「たぶん、干ばつなどの影響で枯れてる耕作放棄地があると思うんだけど、勝手に広げるとまずいよね?」


「そうね、馬鹿とはいえ領主がいるところだから、勝手にやると怒られると思うよ」


「そこで、エルフリーデの王女の力って使えたりしないの?」


「あのね、うちの国は地方に自治を認めてて、それでうまくやってるところもあるから無理。知ってるでしょ? あと私はこの旅で王女ってのは隠したいのよ」


 たしかに、王族が移動していると簡単に狙われてしまう。時代劇じゃあるまいし、普通は庶民とかかわるのは少ないと思う。自分が治めている街(フリッチュ)は見えないところで警備されているので例外だろうけど


「とはいえ、領主ではなく村長に頼んでみるとかダメかな?」


「う~ん、それなら聞くことはできると思うけど……」


 小屋の持ち主にお願いして村長のところに連れて行ってもらった。王族とは名乗れないが、エルフリーデのあふれ出る“貴族”としてのステータスに期待してみることにした。


「このような格好で対応することに成って申し訳ない」


 村長とはいえ、年齢は50歳くらいで、長老と言う感じではない。ただ、格好がお礼にもきれいではなく、何年も使い古した服装だったり、靴もところどころ破れている。


「お時間いただきありがとうございます。早速ですが、私たちがやろうとしていることに協力いただけないか、相談に来ました」


 エルフリーデの言い方は、隠しても隠し切れない貴族としての品がある。見た目からも整っているので、言葉でさらに信ぴょう性が出る。村長もそれはすぐに察したようだった。とはいえ、旅人のいうことを素直に認めるわけにはいかない。


「自分たちの先祖からの土地ですが、今は領主・シュテファン様の土地。勝手に何か広げるのは認められていないので難しいです」


 そういう回答が来ると思っていた。ただ、蕎麦は美味い。村の特産にできれば村民も国も領主もWInWinWInになる。


「ですが、これは有益になると思うんですよ」


 エルフリーデは食い下がったが、まだ首を縦に振ってはもらえない。俺は別の提案をしてみた。


「それでは、現在枯れてしまっている耕作放棄地を使うってのはダメでしょうか? そこなら耕すことは大丈夫ですよね?」


「しかしもうあの土地は何も育たんよ……自分たちも何年も試してみてはいるが……」


「えぇ、わかってます。それは米や小麦だからですよ」


「それはどういうことだ?」


「食物は土地に得手不得手があるんですよ。それでこの土地に適した作物を植えたいんです」


 詰んできた蕎麦の花を見せた。これは村民がいつも目にしているので、何を意味するか理解していない。


「この花は食えるのか?」


「花は無理です。ですが実を食べることができます」


 なかなか信用してもらえない。だから食べさせるしかない。


「1週間後、食べていただくことはできます。それで納得いただけたら、耕作放棄地で試させてもらえますでしょうか?」


「まぁ、それなら……だが、貴方たちが何かしてくれようとしているのはわかっている。できれば協力したいという気持ちはある」


 いままで雑草と思っていた蕎麦の花を食べるという発想にはならないだろう。その部分は納得してもらえてなくても、食べれば大丈夫だろう。それよりも、領主との関係もあるのか、歯切れは良くない。


 だが、村長はその条件で一応納得してくれた。また1週間暇をするわけにもいかないので、耕作放棄地の場所と広さの調査、雑草の刈り取りなどもさせてもらうことにした。それは誰も迷惑にならないので了解を得た。

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