第28話:再び1か所目の村へ

 前に訪問した団子屋は無くなっていた。たった1年前だが、さらに寂しく、土地だけじゃなく痩せている子供も目についた。


「……」


 ここもオイレンブルクの領地内である。この状況を見て、王の娘であるエルフリーデが何も感じないわけはない。


「1年前はもう少しましだったんだけどな」


 ここの領主が無能であることはすでに伝えている。そしてこの状況を目の当たりにして、少なくとも領主の更迭の案は父親に報告されるであろう。


「蕎麦の場所、見に行くかい?」


 エルフリーデは俺が指さす方向を見て、弱く頷いた。



 道端に咲いている蕎麦の花。1年前よりさらに茂っていた。村民は食べる意識が無いようで、収穫されている様子はない。


 見たところ、1ヘクタールには程遠いけど、20分の1の5アールくらいは自然に咲いているようだ。


「これがガレットを作った蕎麦の花?」


 白い肌と白い花を近づけてエルフリーデが聞いてくる。村民のことを思って、何とかしなければという思いもあり、引き締まった顔をしている。俺は少し見とれてしまった。


「そうだね、花も咲いているし、黒くなってきている花もあるから収穫しても良いかもしれないね」


 そういうと、エルフリーデは少し食べたそうにしている。


「いや、収穫してもすぐに食べることはできないから!」


 というと、しょぼんと落ち込んだ。


 蕎麦は収穫後乾燥させなければならない。それがわかると、まずは収穫の準備に入った。エルフリーデは村民に確認して、野良で生えているもので誰の持ち主でもないと了解を取った。


「これはどうやって収穫したら良いの?」


「根元からナイフで切っちゃえばいいよ、バサっと」


「了解~!」


 そこにはお嬢様でお姫様の姿はなく、美味しい物を食べたい、そして国や村を何とかしたい思いが泥にまみれるのを苦にしないんだろうか。見てて清々しい。


 一人当たり100グラムほどあればある程度食べた感じにはなると思う。とはいえ、俺も収穫からやったことがないので、どれくらいが妥当かわからない。なので少し多めだろうという分を収穫しておいた。


 村民に近くの風通しの良い小屋を借りて、そので乾燥させてもらうことにした。


「え? ここから7日もかかるの?」


 この期間、おあずけを食らうことに、また落ち込んでいる。屋敷から持ってきた石臼を恨めしそうに眺めている。


 小屋の持ち主にお願いして、食べられるまで貸してほしいと頼んだら、そもそも使っていないのでいつまでも使ってよいと言われた。その村民は俺たちが何かしようとしていることに興味があるようだ。


 小屋はボロいが、この中にテントを張っておけば野営するより快適である。ありがたい。


 まだ時間があるので、どうしようかと訊ねたら、村民に話を聞きたいということだった。


 どうしてこんなに貧しい村になってしまったのか聞くと、数年前の洪水と干ばつで土の栄養が流れて枯れてしまい、納めるべき農作物が育っていないにもかかわらず、領主からは以前と同様を求められて、手元に何も残らない、ということからだった。


 噂で聞いていた話とほぼ変わらず、領主の無策が原因であると明らかになった。


 末っ子とはいえ王家に身を置くものとして、エルフリーデは我慢できなかった。


「私、領主に直接訴えれやるわ!」


 正義感があるのは良いが、無策しか立てられない人物に常識が通じると思わない。


「いや、何か策を立てて行かないと」


 弱気というわけではないが、ネゴってのが大事である。そういうのを伝えたと思ったのだが、このお姫様は思い立ったら猪突猛進のところがある。


「わかってるわよ、本当ならお父様に伝えてからが良いで事くらい。でもまず私の目でどういうことか知りたいのよ。もしかしたら何か事情があるかもしれないじゃない」


 一縷の望みを持っている。もしかしたら領主は悪い人ではなく、村民だけじゃなく自分も苦労しているのかもと。エルフリーデのやさしさが見えた。


 俺は止めることもできず、ずんずん進んでいくエルフリーデの後ろをついて言ってたら、領主・シュテファンの屋敷前に来た。


 寂れた村の領主としては立派な石塀で囲まれて中が見えない。鉄扉があり門番もいる。どう見ても領主も我慢しているようには見えない。


「ちょっと、領主はいるかしら?」


 建物の面構えから怒りを隠せないエルフリーデは門番に詰め寄った。


「いえ、領主はご不在です」


 雰囲気で押されたのか、見た目から気品があったからなのか、門番は隠さず敬語できっちりと答えてくれた。


「不在?」


「はい、今は温泉にバカンスに出おられまして……」


「は?」


 悪政をする悪領主ではない、と信じていたのも、あっさり木端微塵にされた。しかも何かアイデア練っているわけでもなく、直談判できるわけでもなく、ここにいないと。


 腰の剣に手を添えて、門番ににらみを利かせるのは、まだ15歳とはいえ、滲み出る怒りと気品があり、押されてしまったのだろう。いろいろ正直に答えてもらえる。


「しかし、国に休暇を申請しているとのことで、問題ないとか……」


「そういうことじゃないって、あなたもわからない? この村の状況を見ても」


 領主はたぶんこの村の惨状について報告していないのだろう。国としては、決められた物品での税を納めてきていることで、気に留めてなかったと思われる。小さい村ということでなおさらだろう。


「……そうですよね」


 門番もなにか歯切れが悪そうにしている。


「そうですよね、ってわかっててどうして……」


 聞くところによると、この門番は村民とのこと。村民でも屈強な体ということで領主に雇われている。だからどっちの立場にも立って話をしなければならない苦しい立場である。


「あと1カ月は戻ってこないと思われます」


 出かけたばかりのようで、長期のバカンスのようだ。事情がわかり、今日のところは撤退することにした。

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