第26話:和食が恋しい
結局、俺はエルフリーデと、娘に説得された王からの相談事を受けた。国の特産品として蕎麦をなんとかできないかという内容だ。
なぜ受けたか。
なぜなら、そろそろ俺は和食を欲している。
蕎麦もガレットや蕎麦がきではなく、打った、麺状の蕎麦を、ズルズル! とすすりたい。
よしんば打ち立ての蕎麦を作れたとしても、麺つゆまで考えなければならない。そうなると醤油を一から作らなければならなくなる……。無ければ豆から作らなければならないのかも、と考えるとかなりの大ごとだ。
まるで鉄腕のダッシュ的な何かのように、素材を育てるところからとなると、時間がかかりすぎる。この国に、大豆と小麦と塩はあるので、さすがにイチから育てる必要はないと思うが、考えるのが恐ろしい。
馬車の窓から見える畑を眺めながら、ため息を吐いてしまったらしい。
「やっぱり協力したくなかったとか?」
エルフリーデが申し訳なさそうにこっちを見た。
「そういうわけじゃないよ。俺も故郷の飯が恋しくなってきてたから、どうにかここでも近いものが作れたらなぁと思ってて」
「故郷? タナカの故郷ってどこなの?」
しまった。あまり深く聞かれたくない部分を思わずポロっと言ってしまった。なんとか美味しい蕎麦を食えないかとばかり考えてた。
「故郷って言ったか?」
「うん、言ってた」
ごまかそうとしてみたが、七光りのバカ娘ではない、独立心のある聡明なエルフリーデは聞き逃してなかった。
「故郷か……どう言ったら良いんだろうか」
嘘はつきたくないけど、あまり言っても良いかどうか判断できない。一般市民でもうわさが広がって奇異の目で見られることを避けたいし、ましてやエルフリーデは王の娘なので、どんなバツがあるかわからない。そしてそれがこの世界の実家に悪い影響があるかもしれない。
腕組みして、唸って考えてる姿を見て、真面目に考えているのが伝わったのかもしれない。
「タナカ、言いたくないことが多いみたいね。出身貴族のこととか」
エルフリーデは、やれやれと呆れた。
「誰にでも言いたくないことの一つや二つ、有ると思うけど、あなたは謎が多すぎる気がするわ」
「……すまんね」
「ううん、良いの、今は。今回の蕎麦の実のことも時間がかかるかもしれないし、その間は一緒に行動するだろうから、旅の間に気が向いたら教えて」
「そうだね。気が向いたら言うことにするよ」
「うん、じゃあ私のことも知ってもらわないとね。そのうち」
「いいね、そのうち」
物分かりが良いというか、一旦は説明しなくて良くなった。とはいえ、いずれ言わないとダメっぽい感じもしつつ。
*
「ところで、どうして協力してくれる気になったの?」
「あぁ、その、故郷の……故郷にある蕎麦ってのは、細く麺状になってるものがあって、それを食べたいなぁと思ったからかな」
「細い麺?」
「この国は小麦があるから、同じように麺があるけど、蕎麦でもできるんだよ。それをズルズルって音を立てて吸うと、香りが立って食欲が増すんだよね」
「ズルズルってすするの? ……下品」
まぁ、この国は中世ヨーロッパっぽいから、そうなるよね。わかってたけど。でも蕎麦をすするのは譲れない。
「やりたくなかったらやらなければ良いけど。俺はやるだけだし」
「……じゃぁ私もチャレンジする」
「向上心があって何よりです」
「うう……」
何事も興味を示すこのお姫様は、かなり庶民よりなのだろうか、こういう態度は、気高さよりも親しみやすさを感じる。
「ただ、それには蕎麦をつけるつゆってのが必要なんだけど……それがこの国では手に入らないかなぁと、それでため息ついてたんだよ」
「つゆ? それはどういうものなの?」
「ん~と、どう説明しようか……」
「また秘密とか?」
「いや、これはむしろ伝えて、揃うなら教えてもらいたいくらい」
すべて自分で探すには、まだこの世界に疎いし、学生や貴族、エルフリーデの知り合いに頼めばもっと広く探してもらえるかもしれない。
「豆と小麦と塩で、発酵した醤油と言う液体があって……」
言い出しから想像できなさそうで、険しい顔をさせている。
「醤油はこの世界には無いんだよね……代替にするとしたら……海の魚を乾燥させたものや、海藻を乾燥させたものがあると、程遠いけど、できなくはないかも」
「乾燥している魚と海藻ね……」
「あ、あと乾燥キノコもあると」
「乾燥ばかりね」
「それが良い出汁がでるんだよ」
「ふ~ん、わかったわ。帰ったらゲルダに探してもらうように言っておくわ」
「ありがとう」
この時、俺は気付いてなかった。自分が「この世界」という表現をしていることに。
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