第25話:お父様にも頼まれて
玉座から立ち上がり階段を降り、王は目の前にあるクローシュを開けた。
そこにはさっきエルフリーデの邸宅で作っていたガレットがあった。エルフリーデは俺の耳元で「話をするよりも食べさせた方が早いってこと」とささやいた。
「何だこれは?」
見た事がない物を前、王は戸惑っている。
「ガレットです」
娘からの贈り物なので危険ではないとわかるが、自ら降りてきて蓋を開けるということは、好奇心は持ち合わせているようだ。
それでも匂いを嗅いだり近くで見たりするだけで、傍にあるフォークとナイフを手に取ろうとしない。
「お父様、それは食べ物ですよ。美味しいのでぜひ」
「美味しい?」
あまり重要視していない美味しいと言われても興味は持てなかった。だが、娘からの言葉を怪しく感じながら、切りわけ、恐る恐る口に運んだ。
反応はもちろん美味しいというものであった。
「ふむ~、これはなかなか……」
何か感想を言おうとしたが、側近から次の謁見について進言があり、そこで話はまとまらなかった。
*
俺たちは謁見の間を出て、姫、エルフリーデの部屋へ歩いていた。
「なぁ、ぜんぜん話ができなかったが、あれで良かったのか?」
「えぇ、特に問題ないわ」
自分の家、つまり王の悩みってことはこの国の悩み事だろうけど、ガレットを一口食べさせただけで、エルフリーデの提案した食に対する国の悩みは解決されていない。それでも問題ないと言って、気に病むこともなくスタスタと自室に向かっている。
俺には理解できなかったが、それもすぐに答えが分かった。エルフリーデの部屋で一息ついていたら、さっきまで会っていた王が一人で入ってきた。
「エルフリーデちゃ~~~ん!」
職業不審者のようなバカ親父が走って飛び込んできた。しかしエルフリーデも慣れたものですかさず避ける。バカ親父(王さま)はベッドの方向へ突進し、ケガも無く無事に転がっていった。
呆気にとられる俺。
王はモソっと体を起こし、一つ咳ばらいをして、服を整えて、こちらにやってくる。何事もなかったように。
「いやぁ、玉座って疲れるから、本当はこういうところが良いんだけど、形式をちゃんとしないと怒られるからねぇ」
めちゃくちゃ気さくである。
「いつもなんであんなに面倒なことをするの? もういらないんじゃないの?」
エルフリーデも形式ばっているのは好きじゃないようだが、下々に示しをつける意味で嫌々やっているようだった。
「え……っと、どういうこと?」
俺がキョトンとしていると、王族に戻ったことで、いままで下ってた時のようにラフな謁見はできなくなっているとのこと。とはいえ、くつろぐプライベートな時間は十分あるようで、いつも本番はこの謁見の間の後の時間だとのこと。
「タナカとやら、そなたの話も聞いていたぞ」
エルフリーデは住んでいるフリッチュでの話を、館の中で話をしていたので、従者たちから城のほうまで話が伝わり、父親である王の耳にも届いていた。
つまり、王としての威厳的なものを楽しんでいるということだった。
「まったくお父様はかっこつけなんだから」
「娘の前で威厳あるところも見せておかないと」
「って、さっきみたいに飛び込んできたら威厳もくそもないけどね」
「いつもなんで父の愛を避けるのかなぁ」
いつもやっているのかこの王は……。
少し引き気味に感じていた俺に、王が頭を下げてきた。
「いやぁすまんな、タナカ。儀式ってのがどうも必要って側近に言われるから……」
てへ、と可愛らしく言ってるようでも国の長なので、可愛く感じない。
「王様が軽々しく頭を下げるなどお止めください。私はただの商人ですよ」
「ふむふむ、とはいえ私たちも王籍を抜けてた期間も長いから、ちょっと領地が多めの貴族くらいの感覚しかなんだよね」
気さくは良いかもしれないが、なんだか拍子抜けである。
そうこうしている間に、先ほど食べかけていたガレットが運ばれてきて、王はそのまま食べ始めた。
「しかし、これは美味いな……使っているのは蕎麦だな」
「お父様、良くわかったね!」
「前にどこかの国に遠征に行ったときに食べたことがあるけど、あの時はこんな美味くはなかった。こうもっともっちゃりとした感じで……栄養があるということで、この国でも栽培できないか考えたのだが上手くいかなくてな」
年の功なのか、戦争が長かったこともあり、この王はいろいろなところへ行っているようだった。
しかし、ペロリと食べてしまったが、作り直しもさせないところが、倹約を王自ら実行しているのが良く分かった。
「このガレットっていうのは、このタナカが作ってくれたのよ」
気楽な時間となっているので、エルフリーデも俺を呼び捨てである。まぁ良いんだけど。
「なるほどな、街での噂があったから調べていたけど、若いのに博学らしいな」
「ありがとうございます」
何を調べらているのかわからないのでドキッとしたが、その表情を見せまいと顔を下げ会釈した。
「それで、エルフリーデも蕎麦を栽培したらよいと考えるのか?」
「そのつもりなんだけど、難しいの?」
「過去に考えたけどできなかったから難しいかなぁと思ってる」
シンプルな生活を進めている王だけど、しっかりと国民のことを考えている。美味しいという感覚も持っている。ただ、食に対しての向上心がないだけかもしれない。
「エルフリーデが蕎麦の実を貰ったって言ってたけど、誰からなの? その人に聞けば良いのではないの?」
そう聞いてみたものの、あまり反応が良くない。
「う~ん、聞いたんだけど、他国らしくて」
「どこなの?」
「たぶん方向的には隣のビンデバルトっぽいのよね」
その国の名を聞き、王は表情を硬化させた。
何十年も戦争をしていた国であることは知っている。そして国交も回復していると聞く。だから蕎麦の実を持ってきた商人も行き来できているのだろうし。
「う~む、なんとか我が国で栽培できないもんかねぇ」
国交が回復したとはいえ、何か思うところがあるのだろうか、すんなりとはいかないようだ。
ただ、栽培してたくさん採れるのであれば、俺はどうしても食べたいものがある。王が推進してくれるのであれば、なんとかしたいと思っている。
「ねぇ、タナカ、何とからならない?」
エルフリーデは懇願してくる。よく見なくても結構な美少女である。これはなんともたまらない。男として……じゃなくても、女性でも頑張ろうという気持ちになるくらい神々しい。生まれてこの方貴族として生きてきて、気が付けば王籍になった身からにじみ出るものなのか。
エルフリーデから家の相談と言われ、それが国王の悩みと知ったときは、どうしたものかと引き気味になってしまったが、蕎麦を栽培するのどうのってことであれば、やる気が少し出た。
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