第24話:オイレンブルク

 膝をつき、首を垂れた状態で待っていると、号令とともに王が部屋に入ってきた。


 ベン=オイレン。オイレンブルク8代目国王。


 何十年も続いていた隣国との戦争を終結させた前国王・賢帝レオンの弟。賢帝は終結させた後、急死した。暗殺とか黒いものではなく、英知を使い果たしたからである。


 しかし、賢帝による平和な世の中が続くであろうと誰もが信じていた。弟ベンも同様で、王位継承からも自ら外れて、王族から貴族に下って兄をサポートしていた。


 急死の後、賢帝は政務や国の立て直しに奔走してたこともあり結婚もしておらず、ご落胤の存在もなかった。そのこともあり、ベン=オイレンは王籍に復帰して即位することになった。


 エルフリーデが「貴族だったこともある」というのはそういうことである。生まれた時は貴族で、気が付いたら王族になっていた。すごくまれなケースだ。


 ベンは賢帝とは違い、基本的には前国王までの文化などを踏襲することを目的としていた。それもあり、賢帝の改革が滞っていた街では伝統的に質素のままだった。


 賢帝とはいえ、できたのは争いの終結と政治体制の刷新で、まだ民への改革は間に合っていなかった。


 俺の父親は、このあたりの改革で本命と思われていた主流派についていたために都を追われることになった。


「まぁ、今となっては俺がこうやって自由に旅に出られているのは、地方の貧乏貴族だったおかげなんだから、感謝だな」


 エルフリーデも、王様も恨みの対象ではない。もちろん実家にも特に関心はない。前の世界からの転生では無ければ、いろいろ思うところもあったのかもしれないけど。



 玉座についても俺は膝をつき顔を伏せていた。その間エルフリーデが戻ってきたことと、国のためにやりたいことを説明していた。それが終わるまで俺の出番は来ない。


 親として気にしているであろう学業について、頑張っていて首席である報告のつかみで気を引き、市井での街の人の様子や、どういった生活をしているか、活気はどうなのかを伝え、国民の思いを伝えた。国民が少し沈んでいたが、エルフリーデが生活しているフリッチュは、俺の食の改革(?)で人の動きや生活が活発になっていると報告している。


「つまり、このオイレンブルクが次に取り掛かるべきは、食への改革が必要ではないかと考えています」


 プレゼンについて馬車の中である程度説明したのだけど、女子学生にしたらある程度論理的に説明できていると思われる。とはいえ、王に対して良いのかどうかわからない。


「エルフリーデ、お前が伝えたいのは改革しろということか?」


 王の声はあまり芳しくなさそうだ。見上げることはできないけど、トーンが伝わってくる。


「はい、それでこのタナカ殿を連れてまいりました」


「ほぉ、学友ではなく身なりが違うと感じていたが、商人か?」


 エルフリーデから挨拶するように促されたので、顔を伏せたまま述べた。


「はい、商業ギルドに所属しているタナカと申します」


 見上げるとエルフリーデと同じ青の瞳の色をしている。なんとなく似ていなくもない。


 政治闘争に敗れた田舎の弱小貴族とばれると面倒なので、商人としての自分ということにしておいた。


「ふむぅ」


 なにか気に障ったのだろうか、王が唸ってから少し時間が空く。


「どうかしましたかお父様?」


 エルフリーデが様子を伺っている。王は何か納得していないようだった。


「タナカ、顔を上げよ」


 なかなか王の顔を間近で見られる機会はないのだが、威厳という圧があるので、なかなか気持ちはよくない。とはいえ、上げないわけも行かない。


 見上げたところ、玉座に座る王は会うのが娘ということもあり、想像しているよりもラフな格好をしていた。


「そなた、どこかで会ったことはあるか?」


「いえ、ございません」


 俺は父親に似ているわけではないが、雰囲気をそう感じさせたのだろうか。玉座に座るまでは政敵だった貴族の顔まで覚えているとは思えないが、あまりバレたくはない。


「そうか……いや、それならいい。国王を前にしても堂々とした態度だからそう感じたのかもしれん」


 王の勘違いということでなんとかやり過ごせたようだが、少し緊張を見せるとか考えたほうが良いのかもしれない。空気を呼んでくれたのか、エルフリーデも俺が貴族だったことを話さないでいてくれている。


「それで、このタナカがどういう提案をしてくれるというのだ?」


 現状維持を望んでいるであろう王に対して、俺は何を語ればよいのだろうか。


 そのとき、エルフリーデは従者に指示をしてクローシュ(蓋)をかぶせている皿を持ってこさせた。

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