第21話:お家に呼ばれて
貴族のお嬢様、と思ったのだけど、俺のいた実家が貧乏貴族と考えると、このお嬢様は普通貴族くらいなのだろうか。
馬車に乗りたどり着いたところは、街から5分程度の距離。マッチョな門番が開けないと開かない鉄扉……ということもない高さ2メートル程度の門。
小さい庭と噴水があるが、レンガ造り2階建て、家族とお手伝いさんが何人か過ごせる程度の大きさ。
迎えに出てきたのは、礼儀正しい振る舞いのゲルダさん。エルフリーデの乳母だそうだ。
パッと見たところセバスチャン的なポジションの人はいなさそう。ということは、やはり普通の貴族なのだろうか。
「ご両親は?」
貴族とはいえ、宮勤めで多忙なら夕方でも父親はいないだろう。でも母親はいると思うが姿を見せない。もしかしたら母娘で仲が悪かったりするのだろうか。なんてことは杞憂だった。
「あぁ、ここは私の家だから」
「え?」
「あ、え~っと、両親は別のところに住んでて、私が学校に近いってことでここに一人で住ませてもらってるのよ」
想像以上にお嬢様だった。
*
「これよ」
キッチンに連れて行ってもらいだされたのは、蕎麦の実だった。
調理台を囲んでいるのは俺とエルフリーデと乳母のゲルダ。他のお手伝いさんも気にして見たかったようだが、それぞれに忙しいみたいで身に来れてない。
見ず知らずの俺が怪しまれずにいるのは、エルフリーデがすでに街での俺の評判を伝えていたため、ゲルダも俺のことに興味を持ってくれていたからだ。
「これは蕎麦の実だね」
手に取って近くで見ると間違いなかった。
「そば?」
エルフリーデは不思議がっているが、普段料理をしているゲルダにも伝わっているようではなかった。確かにこの世界に来て主食は米と小麦しか食べてなかった。
見た目が蕎麦の実であって、物は違うかもしれないと思い、一粒口に含み、奥歯でかじってみた。
「ちょ、タナカ! 大丈夫なの!?」
心配してくれたが紛れもなく蕎麦だった。ゲルダはすぐに水を出してくれた。
「大丈夫大丈夫。これは食べられる実のやつだね」
そう伝えると二人は安心した。
「それで、これはどうやって食べるものなの?」
リゾットやタピオカミルクティーを並んで食べるくらいなので、エルフリーデはこの国では珍しい部類なのだろう。
「このまま食べるものじゃなくて、擦りつぶすんだけど……ゲルダさん、石臼とかすり鉢とかって無いですか?」
「石臼ならありますよ」
そういって戸棚にあったのは、埃はかぶっているが、30センチほどの立派な石臼。街の店でさえ粉上のものを購入している。さすが貴族様というところだろうか。もしもの時のために持っているのだろう。
「そう、これで擦りつぶすんですよ……」
と言っても二人とも動きそうにないので、俺がやるしかなさそうだ。
力仕事は好きではないが、香りを良くするためにゆっくりと挽いていった。なかなかの重労働だが、徐々に石臼の周りに蕎麦粉が出てきた。
「何これ、良い香り!」
エルフリーデもゲルダも良いと感じるようだ。国が違えど、これは良いものを見つけたかもしれない。転生してから和食的なものを食べてこれていない。蕎麦打ち……してみたいが、さすがに時間は無いか。
蕎麦粉を集め、水と塩を混ぜ、ある程度の固さになったら卵を混ぜて、1時間ほど休ませる。その間に具になるもの……トマト、チーズを用意してもらう。
薄く広げた生地をフライパンで焼く。表面が乾き始めたらトマトとチーズをのせ、チーズが柔らかくなったところ、卵を割って少し蓋。生地がカリっとし始めたら、端を折り四角く整える。
蕎麦の焦げた香りと、トマトとチーズの香りがキッチンに充満する。待ちきれなさそうなエルフリーデはフォークとナイフを準備している。
「これは何て言う料理なの?」
目の前に置かれた初めてのものを見て興味津々だ。
「これはね、ガレット」
そう、ガレットだ。蕎麦を打つことは広告記事の体験でやったことがある。だが、簡単ではなかった。少しハマったことがあるので作れなくはないが、初めての国の蕎麦なので、もしも違って失敗すると残念に思われるのも嫌だった。とはいえ、蕎麦がきも女子学生向けに芸がない気がしたので、見た目もおしゃれにガレットを作ってみた。
「どうぞ食べてくださーー」
言い切る前に、エルフリーデは半熟卵の黄身にフォークを入れていた。
ドロっとした黄身に切った皮とトマトを絡めて食べる。味はシンプルに塩と胡椒だけだが、この組み合わせは上手いに決まっている。
「ん~~!」
エルフリーデは天にも昇るような、悟りを得たような表情。
「おいし~~~!!」
それは良かった。かなり一安心だ。引き続き作っているガレットを、待ちわびているゲルダにも差し出すと、とてつもなく喜んでいる。
あとは感想を言うことも忘れて二人は完食した。
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