第21話:お家に呼ばれて

 貴族のお嬢様、と思ったのだけど、俺のいた実家が貧乏貴族と考えると、このお嬢様は普通貴族くらいなのだろうか。


 馬車に乗りたどり着いたところは、街から5分程度の距離。マッチョな門番が開けないと開かない鉄扉……ということもない高さ2メートル程度の門。


 小さい庭と噴水があるが、レンガ造り2階建て、家族とお手伝いさんが何人か過ごせる程度の大きさ。


 迎えに出てきたのは、礼儀正しい振る舞いのゲルダさん。エルフリーデの乳母だそうだ。


 パッと見たところセバスチャン的なポジションの人はいなさそう。ということは、やはり普通の貴族なのだろうか。


「ご両親は?」


 貴族とはいえ、宮勤めで多忙なら夕方でも父親はいないだろう。でも母親はいると思うが姿を見せない。もしかしたら母娘で仲が悪かったりするのだろうか。なんてことは杞憂だった。


「あぁ、ここは私の家だから」


「え?」


「あ、え~っと、両親は別のところに住んでて、私が学校に近いってことでここに一人で住ませてもらってるのよ」


 想像以上にお嬢様だった。



「これよ」


 キッチンに連れて行ってもらいだされたのは、蕎麦の実だった。


 調理台を囲んでいるのは俺とエルフリーデと乳母のゲルダ。他のお手伝いさんも気にして見たかったようだが、それぞれに忙しいみたいで身に来れてない。


 見ず知らずの俺が怪しまれずにいるのは、エルフリーデがすでに街での俺の評判を伝えていたため、ゲルダも俺のことに興味を持ってくれていたからだ。


「これは蕎麦の実だね」


 手に取って近くで見ると間違いなかった。


「そば?」


 エルフリーデは不思議がっているが、普段料理をしているゲルダにも伝わっているようではなかった。確かにこの世界に来て主食は米と小麦しか食べてなかった。


 見た目が蕎麦の実であって、物は違うかもしれないと思い、一粒口に含み、奥歯でかじってみた。


「ちょ、タナカ! 大丈夫なの!?」


 心配してくれたが紛れもなく蕎麦だった。ゲルダはすぐに水を出してくれた。


「大丈夫大丈夫。これは食べられる実のやつだね」


 そう伝えると二人は安心した。


「それで、これはどうやって食べるものなの?」


 リゾットやタピオカミルクティーを並んで食べるくらいなので、エルフリーデはこの国では珍しい部類なのだろう。


「このまま食べるものじゃなくて、擦りつぶすんだけど……ゲルダさん、石臼とかすり鉢とかって無いですか?」


「石臼ならありますよ」


 そういって戸棚にあったのは、埃はかぶっているが、30センチほどの立派な石臼。街の店でさえ粉上のものを購入している。さすが貴族様というところだろうか。もしもの時のために持っているのだろう。


「そう、これで擦りつぶすんですよ……」


 と言っても二人とも動きそうにないので、俺がやるしかなさそうだ。


 力仕事は好きではないが、香りを良くするためにゆっくりと挽いていった。なかなかの重労働だが、徐々に石臼の周りに蕎麦粉が出てきた。


「何これ、良い香り!」


 エルフリーデもゲルダも良いと感じるようだ。国が違えど、これは良いものを見つけたかもしれない。転生してから和食的なものを食べてこれていない。蕎麦打ち……してみたいが、さすがに時間は無いか。


 蕎麦粉を集め、水と塩を混ぜ、ある程度の固さになったら卵を混ぜて、1時間ほど休ませる。その間に具になるもの……トマト、チーズを用意してもらう。


 薄く広げた生地をフライパンで焼く。表面が乾き始めたらトマトとチーズをのせ、チーズが柔らかくなったところ、卵を割って少し蓋。生地がカリっとし始めたら、端を折り四角く整える。


 蕎麦の焦げた香りと、トマトとチーズの香りがキッチンに充満する。待ちきれなさそうなエルフリーデはフォークとナイフを準備している。


「これは何て言う料理なの?」


 目の前に置かれた初めてのものを見て興味津々だ。


「これはね、ガレット」


 そう、ガレットだ。蕎麦を打つことは広告記事の体験でやったことがある。だが、簡単ではなかった。少しハマったことがあるので作れなくはないが、初めての国の蕎麦なので、もしも違って失敗すると残念に思われるのも嫌だった。とはいえ、蕎麦がきも女子学生向けに芸がない気がしたので、見た目もおしゃれにガレットを作ってみた。


「どうぞ食べてくださーー」


 言い切る前に、エルフリーデは半熟卵の黄身にフォークを入れていた。


 ドロっとした黄身に切った皮とトマトを絡めて食べる。味はシンプルに塩と胡椒だけだが、この組み合わせは上手いに決まっている。


「ん~~!」


 エルフリーデは天にも昇るような、悟りを得たような表情。


「おいし~~~!!」


 それは良かった。かなり一安心だ。引き続き作っているガレットを、待ちわびているゲルダにも差し出すと、とてつもなく喜んでいる。


 あとは感想を言うことも忘れて二人は完食した。

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