第20話:好奇心美少女
2カ月も経つと街の中の行列は落ち着き始めている。人気が無くなったのではなく、喫茶ニコーレのオペレーションも慣れて、店員も増やしスムーズにできるようになっていた。
また、ミルクを活かしたヨーグルト、杏仁豆腐、プリンなどのスイーツも出始めた。街は若い学生が集まり、街に住む若い女子が興味を持ち、目論見通りブームになって、動きが活発になりつつある。
そのあたりのスイーツは、喫茶ニコーレの行列を見た他の店から相談されたことで提案したものである。スイーツに関して提案するのはある程度落ち着いた感じがある。
ケーキやパフェみたいなものはまだないので、今後聞かれたら教えなければならないかもしれないので、前の世界の記憶をたどることを覚えておこう。
喫茶店を助け、新しい芋の売り方を考え、農場を救い、ミルクは安定供給され、街は活気づき……結構な貢献をしたのではないかと、自分でも満足している。
受け取っている報酬はまだそれほどではない。いもやからの売り上げからの%もまだ些細だし、新しい商品のアイデアを提供したミルクの組合からも些細なもの。商業ギルドの口座が微妙に増えている。
とはいえ、みんなが喜んでくれるし、ただでスイーツが食べられる……若い胃袋最高です! 前の世界の40代胃袋だったらモタレまくっていただろう。
住ませてもらっているのは相変わらずリゾット店のエマの二階だけど、朝晩食べさせてもらえるので不自由はない。
「当分この街に居座ってても良いかも」と居心地の良さを感じていた。
*
広場の噴水で休憩していると、タピオカミルクティーを片手に近寄ってくる女子学生がいた。
二人ほど引き連れている女子学生で、さらさらな長い金髪、目は二重でパッチリ、よく見ると瞳が青い。どこから見ても貴族のお嬢様。
「どこかで見たような……」
過去を少しさかのぼろうとしたところ、女子学生から声をかけられた。
「ねぇ、このタピオカミルクティーもタナカなの?」
「え?」
なぜ俺の名前を知っているのか……。喫茶ニコーレのアンドレアかトーマスに聞いたのか?
返答をしない俺に苛立つ女子学生。
「ちょっと! どうして無視してるのよ?」
後ろの女子学生たちがアタフタしている。このお嬢様は怒らせてはいけないのだろうか。金魚の糞で「そうよそうよ」「お嬢様の言うとおりよ」と言いそうでもなく、大人しそうな従者だ。いや、実際は従者じゃなかったらごめん。
「……じゃあこれもあなたが教えたって聞いたけど?
」
お嬢様は従者Aが持っている揚げサツマイモを指さした。急に差されたのでビクっと体を震わせている。不憫である。
「まぁ、そうだね。タピオカミルクティーも揚げサツマイモも俺が店主に伝えたものだけど……どなた?」
不思議がって怪しがって見るしかないが、お嬢様は「な!?」と驚いている。
「失礼な! あなた、以前私が挨拶したのを覚えてないの?」
この街に来て約3カ月。いろいろな人と会ってる。店で調理だけじゃなく接客の手伝いもしているので、覚えられるものではない。
「ごめん、結構さかのぼってみたけど……出てこない」
「はぁ……」
お嬢様は頭を抱える。
「確かに、あの時、私は名乗らなかったけど、私はあなたのタナカって変な名前を憶えてるのに……」
変な名前と、この世界に来てよく言われるが、この街では何度目か……。
「あ!」
俺は思い出した。
「リゾットが美味しいって言ってくれたお嬢様か」
「やっと思い出したのね……」
初めの方にエマに来て食べてた学生さんで、俺を呼んだ子だった。
「私、あんなことしたのが初めてだったから、作法が間違えてたのかと、ドキドキしたわよ」
「慣れたような感じだったけど」
「あれ以前、普段は家で食べてることが多かったから、外での作法は知ってる程度しかないわ」
「そうなの?」
「えぇ……あなたがこの街でいろいろと美味しいものを作ったおかげで、私たち学生も外食が増えてるのよ」
そうか、今までは美味しいものが無いし、栄養を得るだけだったので、外食をわざわざやる必要がなかった。ましてや貴族の学生さんたちは外で食べるという行為は良い物かどうか問題もある。マナーとして。そう考えると、俺はこの街の食文化を換えてしまったのかもしれない。……気にしないけど。
「改めて、私はエルフリーデよ。よろしく」
握手のため手を出してきたので、跪き手を添えて応えた。
「それで、今日は俺にどんな用事でございますか? エルフリーデ様」
「前も言ったけど、へりくだった言い方は好きじゃないの」
「ごめん」
からかったつもりだったが、お嬢様は気に入らないようだった。謝ったらすぐに機嫌を直してくれた。
「タナカの姿が見えたから、お礼を言いに来たのよ」
「お礼?」
「そう、この街に美味しいものを作ってくれたお礼」
「君がどうして俺に?」
「なぜ? 街をにぎやかにしてくれて嫌がる人がいて?」
何を当たり前のことを聞いてるのかと言わんばかり、あっけらかんと言うが、この街の総統というわけでもなさそうな学生に言われても……。
「まぁ、そうだな。ありがたく受け入れようか」
学生さんからすると、明るい街の方がうれしいんだろう。このお嬢様は生徒会長とかなのだろうか、何かこういう言い方をしたいのだろう。俺は大人なので受け入れておこう。
「ヒット作の背後にタナカがいる……ってことね」
ふふふ、と言ってくれるが、なんのこっちゃである。何か影のフィクサーのように言われても、きっかけだけで、今のようになっているのは、なんだかんだ言ってこの街の店主の前向きさと、新しいものを受け入れられた住人のおかげだと思っている。
「ところで! タナカはこのあと時間ある?」
女子学生からのナンパ……ではないと思ってしまうのは、身に染み付いている悲しいさがである。
「どうしたの?」
「不思議な種を手に入れたんだけど、使い方がわからないから……教えてもらえないかなぁと思って」
「俺、君に会うの2回目なんだけど?」
そんな簡単に俺を信用するのかと不思議に思った。まぁ、ご両親がいると思うから、一人暮らしの子の家にお邪魔しますというわけではないだろうけど。
「いや、そうなんだけど……」
もじもじと言いづらそうにしている。なんだか照れている。その後ろから従者Bが口を開いた。
「エルフリーデ様は、リゾットを食べたのに感動して、タナカ様がお作りになったお芋のお菓子や、このタピオカミルクティーを追っかけて、その都度感動されてて……」
堰を切ったようにお嬢様が俺(の作ったもの)をストーキングしていることを暴露した。追いかけているというのが恥ずかしいのか照れ臭いのか、お嬢様は「もうやめてよぉ」と言っている。う~ん、女子って感じ。だが、俺は「モブだと思ってた」と従者がしゃべったことに驚いた。どうでも良いけど。
「ま、まぁそういうことよ」
どういうことなのか。
「つまり、私はこの街でやってきたあなたの行動を見てたから信頼している、ってことよ」
何かゾワっとする。美人だけど、はっきりと後をつけていたと言われると、あまり気持ちよくなれない。なぜだろうか。モテなかったことで耐性がないからだろうか。
「つまり、その不思議な種を見てわかれば、何とかしてほしいってこと?」
「そうそう。たぶん食べられると思う」
謎なものを見るのは楽しいんだけど、なぜか俺は警戒している。従者二人を見ると、このお嬢様は好かれているようだし、美人局……ってわけでもなさそうだし、人助けをすることでうまく回ってきたことを考えると、このあとに用事も無いし、断らなくても良いかもしれない。貴族に嫌われてエマや喫茶ニコーレが嫌がらせされても嫌だし。
「いいよ、付いて行くよ」
「やった!」
喜ばれることは良いことだ、と思い込み、俺はその女子学生の家にお呼ばれすることにした。
あとで聞いたのだが、従者二人は普通にお嬢様のご学友だそうで、付き人ではないそうだ。お嬢様が行動的で、二人が受け身すぎるので色々と連れて行っているらしい。そして二人は楽しんでいるとのこと。何よりだ。
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