第19話:組合を作ろう

 朝、パウルがミルクを納品した。


「今日も少なくて、すまないね」


「大丈夫、タナカから事情は聴いてるよ。朝からアンドレアがはりきって準備してるよ」


 ヴェルナーは軽めのタンクを運び入れた。


「本当に美味しいものなのか?」


 会長も約束通り喫茶ニコーレへ訪れている。従者に手綱を預けて、店内に入った。


 今朝は事情を聞かされていたトーマスも、タピオカを持ってきて待っていた。


 席もない店内なので、パウル、会長、トーマスがいる。ぎゅうぎゅう詰めなので、俺は店外のカウンターからキッチンのヴェルナーとアンドレアを見ている。


 アンドレアはミルクを煮沸して、紅茶と砂糖、タピオカを丁寧に入れている。1カ月経過しても、ちゃんと教えたことを守っている。


 完成したタピオカミルクティーは会長に手渡された。


「熱いので気を付けてください」


 10歳ほどの女の子が一生懸命作った。会長も丁寧にお辞儀をして真剣に一口すすった。


 全身に痺れるような感動があったのか、目を見開き前のめりに唸った。


「パウル、これは……」


 会長の反応を見たパウルは「でしょう?」とニヤニヤしている。


 トーマスはヴェルナーと固く握手した。アンドレアはカウンターまで来て、俺と手を叩き合わせた。


「確かに、こういうものができると、ミルクを美味しく提供することについて考えなければ……」


 独り言をつぶやいたと思ったら、表に飛び出て、従者に指示を出し、走りださせた。


「会長、どうしました?」


「パウロ! みんなはまだ帰り準備をしているところだと思うから、待つように指示を出した。緊急会合するぞ。お前も来るんだ」


 衝撃を受けたことにより、昨日の飲み会ではなく、ちゃんとした会合が開かれることになったようだ。


「タナカ、君もきてくれるか?」


 ちゃんとした会合なら参加する意義があるので、断る理由がない。


「もちろん」


 俺はアンドレアに少しお願いして、パウルと会長とともに、昨日の会場へ向かった。



 帰る準備をしていて、朝から会場に集められた面々は不機嫌だった。


 10数名だが、これはこのあたりの酪農家のほとんどである。


 一人や家族でやっているものが多いが、会長のように従業員を雇っているものもいる。


 パウルが言っていたタピオカミルクティーなるものを飲んで、考えが変わったという会長の言葉だけでは信用していない。


「お待ちどうさま~」


 その場に、アンドレアとヴェルナーがタピオカとミルクティーを運んできた。そして、ざわざわする中、コップに注いで、各テーブルに並べた。


「まぁ飲んでみてください」


 10歳の子が言うと、オジサンたちは黙って言うことを聞く。良い意味で黙らせることができる破壊力を持っている。


 みんな無言ですすり、タピオカを食べる。当然、今までと同じように「美味い」という反応。


 その反応を見てパウルが口を開く。


「昨日の夜、俺が美味しいって言ってたのはホントだろう?」


 会場は「う~ん」と唸って感心する声が聞こえる。俺としてはこの街に来て何度も見ているが、頑固オヤジたちが良い方向に屈していくのは、悪くない。古い慣習で発展を邪魔しているのは好きじゃない。


「そして、これを伝えたのが、こちらのタナカさんなんです」


 一気に俺に視線が集まる。恥ずかしい。


「俺が、美味しいミルクを常に供給できるようにしたいという気持ちは、これでわかってくれるよね?」


 パウルの熱弁はみんなに響いた。しかし、どうやって安定供給すればよいか、誰からもアイデアが出ない。そして俺の顔を覗かれる。


「え~っと、気になったんだけど、この会合の人たちって組合みたいなものなの?」


「俺たち酪農が集まっているだけで……って、組合ってなんだ?」


 そこからか。


 組合は、みんなが出資して助け合う協同組合のつもりで、ざっくりと話をした。


 今回の提案の場合のキモは、どうやってミルクを安定供給するか、ということ。


 聞くと、エサや育て方などの共有もしてなかったようだった。


 皆が話し合って、良いと思うエサ、育て方、搾乳。また種付けなどは種の良いものを選び、より良い乳の出る牛を残していくなど、いろいろとできることがあると伝えた。


 それとミルクの味は季節やエサによってばらつきがあるので味を均一化させるために、搾乳後に一か所にまとめて、煮沸して販売することで、お客の負担が減り、少し付加価値をつけることができる。個人ではできないが、組合で資金を出し合えば可能であると伝えた。


 ただし、個人で特徴出して販売してく人がいると、それを村八分にすることなく支援することで、酪農が発展していくことに成るのも付け加えて説明した。


「ということなのですが、みなさん、いかがでしょうか?」


 初めて聞く無いようなので、酪農家たちにもわかるように伝えたことで、「いいね」「ウチのベコたちの健康状態は」など評価の高いように見える。


 パウルを見ると頷いている。話の内容は良かったようだ。


 会長は立ち上がり周りを見渡し、俺の説明に対しての同意を皆に取った。


「みんな、タナカの意見を聞いて反対の人はいるか?」


 会場は「意見無し」「賛成」の声のみ。


 そうなるとここの人たちは動きが早い。さっそく議題はどういう組織にするか話し合いが始まった。



 会合……というか、急に始まった会議が終了したのは日が暮れるころだった。


 帰り際、パウロから喫茶ニコーレへの納品について安定して納品することを約束してもらった。


 また俺への報酬に関しては、特に受け取らなかった。ただ、組合が新しい商品を作りたいときは相談してくれることになった。その際に報酬を払うという約束にした。


 *


 翌週、喫茶ニコーレの前には行列が戻っていた。

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