第17話:閑古鳥の理由

 さらに2週間経過すると、喫茶ニコーレから行列はなくなり、閑古鳥が鳴いていた。


「あぁ、いらっしゃいタナカ」


 客はゼロではなかったが、ヴェルナーもアンドレアも暇そうにしていた。


 ブームが去るには早すぎる。


「なんでこんなになっちゃんだ?」


 俺は不思議に思ったが、二人は原因がわかっていた。


 ヴェルナーが持ってきたのは、空のミルクタンク。


「業者から質の良いミルクが手に入らなくなっちゃったんだよ。良いものを、って指示したら量が少なくて、無くなったらほぼ店じまいって状態なんだ」


 タピオカミルクティーを作り、流行ることで、いままでそれほど出荷していなかった業者にとって、安定供給することは至難だったのかもしれない。


 茶葉は乾燥したり保存は聞くが、ミルクはそういうわけにはいかない。新鮮であればあるほど良いものである。


 仕入れたミルクがすぐになくなって開店休業状態ってことは、まだタピオカミルクティーのブームが去ったわけではない。


 とはいえ、このまま放置していると、みんなが楽しんで飲めるものではなくなり、そのまま客足が去ってしまうことに成りかねない。


「ねぇタナカ、ミルクを抜いて安くするってのはダメなの?」


 アンドレアが提案するのはごもっともだ。


 でもそれはブランド的な価値を下げてしまうことになる。


 50ベル(前の世界での500円くらい)という、庶民の水準から少し高めに設定したのは、喫茶ニコーレだけが提供しているレア感だったり、まずは上流階級からトレンドを作ってもらうということをしたかった。徐々に庶民へとブームが下りていき、無理してでも飲みたいという価値があるものにしたかった。


 2週間とは言え、お客が付いてきたことを考えると、価格と品質を下げることは反対したい。


「現状って、やっぱり厳しい感じ?」


 そう聞くと、二人は見合って頷いた。


「仕入れと販売と、利益はゼロって感じだな。俺たちの生活はマイナスになっちゃってるかな」


「どれくらいなら我慢できる?」


「恥ずかしながら元々貯蓄がないので、もってあと1週間……かな」


「……1週間か」


 なんとかできるかどうかわからないが、動くしかない。


「このミルクの業者ってどこになるの?」


「業者ではなく、基本的に直接農場から仕入れているんだよ」


 聞くと、ホフマン酪農というところから仕入れているとのこと。「私も行こうか?」とアンドレアが言ってくれたが、二人は店で毎日販売することをお願いした。


 俺は取り急ぎその農場を訪ねることにした。



「ホフマン酪農」


 看板は古めかしく、あまり立派とは言えない母屋が見える。


 牛舎の方向へ足を踏み入れると乳牛は20頭。前の世界の日本で考えると、酪農家1戸あたりで考えると少ない。だが、この世界で考えると同等に考えるわけにはいかない。個別に売っていると考えると、これくらいが限界なのかもしれない。


 とはいえ、牛は痩せている感じはない。元気もありそうだ。じゃあどうして出荷量が減っているのだろうか。


「オイ、お前何やってるんだ?」


 勝手にぶらぶらしていた俺が振り返ると、牧草を運ぶ大きなフォークの先を俺に向けて、身長180センチほどのマッチョがにらみを利かせている。


「すみません。勝手に入ったのは申し訳ない。ニコーレに卸している牛乳を知りたくて……」


 入ったことに関しては謝罪したが、冷静に説明もできた。この世界に来て思ったのだが、マッチョのオヤジが多い。前の戦争もあり鍛えることを怠ってない人も多いらしい。


「ニコーレ?」


 オヤジは何か気付いた。フォークを牧草のほうへ投げて、両手で俺の両肩をぎゅっと握ってきた。結構痛いので怖い……。


「ニコーレってことは、お前さんがあのタピオカミルクティーってのを考えたタナカったやつか?」


 俺が「そうだけど」と頷くと、オヤジの興奮が収まらない。


「俺も仕入れしたときに飲ませてもらったけど、ありゃ売れるよ! 美味いし、新食感だ。良い時代が来たと思ったよ。実はみんな美味い物を求めてたんだってわかった気がする!」


 まだ興奮が続くのかと思った矢先、落ち込んでしまった。


「そうなんだよ、あんなに美味い物って考えると、俺が作るミルクは、なんで満足したものを出せないんだろうってな……」


 肩を落とすオヤジに詳しく事情を聞くと、タピオカミルクティーが美味しかったけど、自分のミルクがその美味しさを手助けできていない。できるならミルクを足すことで倍美味しくなるのが良い。


「乳牛は生き物だから、完璧に見合うものって考えると、毎日数頭しかいないんだよ」


 つまり、タピオカミルクティーを試飲するまでは注文があった分を納品していたが、さらに美味しくできる、自分が満足できるものを卸すと考えていったため、納品の量が減ってしまったとのこと。


 食事処でリゾットを作り、その噂を聞いた喫茶ニコーレの娘が訪ねてきて、その前に噂を聞いてた芋屋さんを助けてタピオカを作ってもらって、喫茶ニコーレでメニューにして、使っているミルクの酪農家が困っている。


「品質を一定に保った物を出荷したいんだけど、何かアイデアもらうことできないか?」


 つまり、手伝うことに……なるわけだ。

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