第16話:順風満帆……?
喫茶ニコーレでタピオカミルクティーを出して2週間経過した。
いままでの客層は商店の労働者や兵士や肉体系の労働者がグビっと飲みに来てた店。しかし、今行列を作っているのは、学生さんなので、貴族の子女やお金持ちの平民。そして労働者もいるが、他店の看板娘などの若い女子。
まだ看板は古めかしい、やる気のなさが漂っているが、それも女子たちには「レトロ」ということで受けているらしい。
「おお、タナカ! おかげ様で大忙しだよ」
あれだけやる気がないように思えたヴェルナーが、テンション高く呼び止めてきた。
無精ヒゲも剃り、なかなか清潔な感じを出している。娘・アンドレアにでも注意されたのだろうか、商売するということにあたり前向きな姿勢は良い傾向だと思う。
アンドレアもこちらに気が付いた。忙しそうにしているが、手招きしている。
「ちょっと寄っててよ!」
並んでいる客からの視線が痛かったが、店内に入らせてもらった。
作って出して、基本的なオペレーションは問題なさそうだし、使っている材料や配分も変わってないようで安心した。
品を確認しているのが見えたのか、ヴェルナーが冷蔵庫を開けて見せた。
「トーマスから仕入れているタピオカは、日に日に質が上がっているね。あと、儲かってるようで、細かくミルクティー用にカットして納品してくれてるのはサービスだとさ」
それは何よりだ。トーマスのところの売り上げが上がると俺もロイヤリティをいただけるので助かる。……けど、カットしている手間代が上乗せされてないってことは、いもやが単純に利益減ってるってことじゃないか? ……ま、良いか、人助けだ。俺の利益よりも、喫茶ニコーレとニコーレ農園、いもやが幸せになればいいや。
食べてみたところ、たしかにクリア感が上がっている。うまく精製することができている。トーマスの向上心には頭が下がる。この何となくしていたら生きていける国で、よくここまで貪欲に仕事に打ち込めるのはすごい。
「ちょっと飲んでみてくれる?」
アンドレアが1杯出してきてくれた。
「うん……美味しいと思うよ」
この前作った時とほぼ同じ味で再現されている。
「基本的にこの味は変えてはダメだからね」
儲けようとして質を落とすなど変な色気を出したりしてはいけないことを伝えた。アンドレアは頷き、作っているヴェルナーも手でOKサインを出した。
「とはいえ、お客さんが求めるのであれば、新商品として別のものを出すのは良いと思うから、その時は何か自分たちでも考えてみたら良いと思うよ」
基本的に売り上げが見込めるものを作っておくのは王道である。
*
客足が落ち着いて、タピオカミルクティーはアンドレア一人で作っても店は回せるくらいになっていた。
ヴェルナーは隣のパン屋の店主と話し合いをしている。どうもコラボできないかという相談のようだ。
街のパンは総菜パンとかではないが生活必需品であり、むしろ味が変わらないことが重要なのだろう。店構えは悪くない。
そして、パンと甘いタピオカミルクティーの相性は良い。パンを浸して食べても美味しいだろう。
「なんか、パンとタピオカミルクティーを一緒に購入したら割引券みたいなのを考えてるみたいね」
アンドレアが嬉しそうに話をしてくる。ぐーたらだったパパが商売をしようとしていることが嬉しいらしい。
「その発想は良いよね。パン屋は必ずお客さんが来るだろうし、特に主婦とか。主婦も息抜きしたいだろうからホッとできる甘い飲み物を飲んで、そしてまたそれで噂が広がればどっちも流行るって感じになるし」
「そうそう……でも、本当にタナカには感謝してるよ」
急にしんみり言われたので面食らった。
「いや、何、急に……」
「パパが生き生きしてるのって、私は生まれてから見た事がなかったから」
泣きそう、というわけではなく、ため息を漏らして、「やれやれ」という感じを持ちながら、引きこもりの息子がやっと働く喜びを覚えて、見守っている母親気分なのだろうか。
アンドレアは、まだ10歳くらいなのに苦労をしたんだなぁと、俺がやったことは良いことだったんだとしみじみ喜ぶことにした。
「何かあったのか?」
ヴェルナーはパン屋との話し合いが終わったようで店内に戻ってきた。よく見ると、また外に行列ができ始めていた。
「あまり居座ると邪魔になっちゃうね。俺は帰ることにするよ」
「うん、ありがとうね!」
「また見に来てくれや」
アンドレアとヴェルナーに見送られて店を出た。
このままの状況だと、当分経営に問題ないだろう。そう思って出て行ったのだが、そう簡単なことではなかったようだ。
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