第15話:行列は女子が作る

 ヴェルナーの口調は強かったが、困惑している表情をしていた。


「なんであんなに客が並んでいるんだ⁉」


 見てきたのは娘に言われた通り、「いもや」と「エマ」で、両方とも行列ができてた。


 俺はいもやの行列は見ずに喫茶ニコーレに来たので知らなかったが、結果的に知れてよかった。トーマスと奥さんの反応を見て大丈夫と思っていたが、胸をなでおろした。


「いもやはトーマスが一つ譲ってくれたんだけど、何だあれは。今までのただ焼いてるだけじゃなく、芋を揚げて砂糖まぶしてお菓子にしてるとか。今まで食べたことがない……そう、よだれが止まらなかった」


 その言葉を聞いて俺は嬉しくなってニヤニヤしてしまった。炭水化物を油で揚げて砂糖をまぶす。ハマるに決まっている。


「いままで店にいなかった女の子が並んでたり……」


 さすが、どの世界も女子は早い。おそらく匂いに誘われたんだろう。


「パパ! 美味しいって人が求めてるってわかった?」


 アンドレアは自分がやったわけではないが、証明されたことで得意げに言った。ヴェルナーも納得するしかなかった。


「それで、タナカ……うちはどういうのをやってくれるんだ?」


 さっき出て行くまでの反応と全然違う、期待している口調。


 俺はアンドレアにお願いして、タピオカミルクティーを持ってきてもらった。


「紅茶か?」


 ヴェルナーは、あまり美味しくない紅茶に眉をひそめた。ただ、匂いを嗅いだところ、自分が入れていたものとは違う香りに気が付いた。


「良いから飲んでみなって」


 初めてのものを躊躇するのは、中年なら仕方がない。新しいものは怖いものだ。


 少し温くなっていたが、その分飲みやすかったようで、グビっと口に含んだ。すると、目を見開き、美味さに気づいた。


「これ! 美味い……同じ紅茶を使ってるのか?」


 出されている茶葉はヴェルナー自身が何年か前に仕入れたものが見える。俺の方を見たので頷いた。


「そう、これは淹れ方が違ってたみたいなの」


 教わった淹れ方アンドレアは説明してヴェルナーを感心させた。


「なるほど、単に淹れたらいいわけではなかったんだな……水とは違う飲み物程度にしか考えてなかったってのがダメだったんだな。うちにもお宝があったのに、俺が活かせてなかったってことか……」


 行列を見て、芋を食べて、タピオカミルクティーを飲めば、さすがに頑固オヤジも納得せざるを得ない。


「まだまだ驚きがあるよ」


 そう言ってアンドレアはスプーンを渡して、底にあるタピオカを勧めた。


「これは……不思議な感覚だな」


 初めてもちもちするタピオカを食べるとたぶん同じ感想だろうけど、気持ちが良い感覚だろう。


「これはなんだ?」


「そうそう、私もこれが何かって聞いてなかったよね?」


 確かにアンドレアにも説明していなかった。


「タピオカだな」


「タピオカ?」


 不思議に思うだろうけど、タピオカはタピオカだ。とはいえ、彼らはそれよりも、中身は何でできてるのか、ってことが聞きたいのだろう。


「タピオカってのは聞いたことがねぇな……何かの卵か?」


「いや、これは、二人とも知ってると思うけど、キャッサバからできてるんだ」


「な!?」


 それが毒のある芋だということは知っている。二人とも吐き出そうとするが、すでに胃の中にあり、さすがに無理そう。


「タナカ! 知ってるか? 毒があるって!?」


 ヴェルナーは涙目で俺に覆いかぶさってくる。必死に。


「知ってる、知ってる。大丈夫なんだって。俺も食ってるから」


 涙目で睨んでくる二人をなだめて、どうやって毒を抜いて、このプルプルが何なのかを説明した。それでもどうやったら毒が抜けているのかわからないと言われたが、それは俺もわからないので、説明のしようがなく、適当にゴマがした。


 一通り聞いたところでヴェルナーが気が付いた。


「いもやのキャッサバってことは、嫁の実家のやつか?」


「そうだよ。トーマスから事情を聞いてね。こことまとめて何とかしようかなぁと」


 喫茶ニコーレは、店主のヴェルナーが「もう水だけではやっていけない」と思って、少しやけっぱちになって、妻のニコーレを実家に帰らせて農園の手伝いをして、そので収穫された芋を「いもや」に納めてるけど、収入を増やしたくてもっと取り扱ってほしいということだった。


 ママが逃げたんじゃないということにアンドレアは驚く。


「パパ……私聞いてなかったんだけど」


 それは、ヴェルナーのプライドもあり、それを理解している妻のニコーレの事情もある。それをわからない娘ではなかった。


「すまん、アンドレア」


「ううん、いいの、たぶん、私のことを思ってなのよね」


 店は自分の代で終わってしまっても問題はない。でも娘はこれから成長して、さらに何年後かには嫁に出る。その時につらい思いさせたくない親心。何とかして家を支えないとと考えていたアンドレアにとって、それは理解するに難しくなかった。



 ある程度、家族同士の愛を確認し終えたところで、本題に入った。


「それでパパ、このタピオカミルクティーは店に出しても良いの?」


 話の流れから考えると、喫茶ニコーレでタピオカを使っていかないと、ニコーレ農園のキャッサバが出荷できないと考えると、これを使わないという選択肢はない。


「これだけ美味しい物、ダメなわけがない」


 ヴェルナーの答えは前向きで、美味しいということが売れて幸せになれるとわかって、考え方も180度変わったようだ。


 アンドレアは「ありがとうパパ」と抱きつく。


 100%売れるわけではないが、この国にはないもので、二人とトーマスなどの反応を見ていると、間違いないと思う。


「タナカ、良いか?」


「俺は、奥さん含めて三人が喜んでくれるならそれで良いよ」


 報酬について聞かれたが、これに関してはしっかり売ってくれると、回りまわっていもやからのロイヤリティ1%が入ってくる。だから、売れることで家族がまとまってくれるだけで問題はない。

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