第14話:紅茶と組み合わせて甘味

 OPENと書いているのに喫茶ニコーレは相変わらず寂れている。商売っ気を感じない。前を歩く人が気にすることもなく過ぎている。これを振り返らせて、客になるようにしなければならない。


「アンドレア、いるか?」


 店内のカウンターの下から顔を出した。父親が率先して動かないので、渋々手伝っている……のではなく、いま自分にできること、店の準備を整えていた。


「タナカ! いらっしゃい」


 奥にあるお茶っ葉を取り出し、砂糖とミルクも準備している。これだけ見ると立派なカフェなんだけど、その道具を父親が生かそうとしていない。


 その父親はまだ奥から出てくる様子がない。「奥にいるの?」と聞くと、アンドレアは頷いたので覗きに行くと、まだ寝転がっていた。


「ヴェルナー! トーマスのところは片付けた来たぞ。次はここなんだけどどうするんだ?」


 トーマスのところが片付いたことには反応して、体を起こしたが、一つ、二つと首を傾げて、まだ信用していない様子だった。


「そんな簡単に、いもやの用事が終わるはずがない。何か適当に言ってるんだろう、お前は」


 やれやれ若造が、と言わんばかりにあきれている。嘘をついていると思われているようだ。


「そう思うのはヴェルナーの勝手だけど、終わってものは終わった。なんならニコーレ農園についてもある程度目処をつけてきたんだけど」


「何嘘ついてんだよ!」


 妻のことを言われてカッとなったようだ。友人のところを適当に扱ったのはなんとか我慢できても、自分の生活に直結するところを馬鹿にされたと思ったのか。


「そう思うんなら、奥さんからの連絡を待つか……それよりも、いもやに行ってみるのがわかりやすいんじゃないの?」


 そう言われても、手を口に当て俺を睨んでくる。


「パパ! どうせ今日もだらだらしてるつもりなら、トーマスさんのところを見に行ってみなよ! タナカが片付いたって言うなら、店も変わってるだろうし。ついでにリゾットってのを出してるエマは行列できてるから、食べないにせよ見てきなよ!」


 娘に叱られて、草履を履き、どうせ客も来ないしと諦めて出て行くことにした。


「ヴェルナー! 店の道具は使っても良いか?」


 出かけていく姿に声をかけると、ヴェルナーは振り返らず手を振って了解した。


「さて、それじゃあ、俺たちはスイーツを作ろうか」


「スイーツ?」



 さっきアンドレアが準備していたものや店内を見せてもらうと、喫茶ニコーレには紅茶、砂糖、ミルクがあった。


 それだけあるのに、どうして客が訪れないのか聞くと、客は喉を潤すだけに来るので、面倒くさがったヴェルナーがお茶を入れるのをやめたらしい。


 そもそも働くオジサンたちにとって、紅茶は好まれなかったみたいだ。もっとガツンんとくるものが良かったようだが、喫茶であるニコーレでは出せない。


 アンドレアに聞くと、紅茶の淹れ方は前の世界も、生まれた町でも同じだったので、淹れてもらった。


「……何とも、美味くないね」


 淹れ方が違っていた。


 水の状態から茶葉を入れて、沸騰して煮立てて入れているので、むちゃくちゃ苦い。お茶の風味も飛んでいる。カップには茶葉も混じっている。


「でもパパは依然こうやって淹れてたから……」


 シュン、と落ち込ませてしまった。10歳くらいの少女が頑張って、見よう見まねでやってくれた。俺は「もっと美味しく入れる方法を教えるよ!」というと、興味を持ったのか表情を変えた。


 匂いを嗅ぐと、あまり紅茶の香りがなかった。聞くと、何年も寝かしてしまっているらしい。それで沢山煮出した方が味が出ると思っていたそうだ。カビは見当たらないので、普通の淹れ方をするのが一番よさそうだと判断した。


 綺麗な布をもらい、茶葉を包んでティーパックを作た。そしてお湯を沸かし、沸騰したところで止めて、ティーパックを入れて、少し香りが立ったところでカップに注ぎ、アンドレアに差し出した。


「美味しい……」


 いたって普通に入れているだけなので、方法が違っただけでこれだけ美味しくなる、というのがわかってもらえただけでやる意味があった。


 このようなものでも美味しいと感じてもらえるということは、この街(もしくは国)には、お作法とかうるさい人はいなさそうなので安心した。考えているものはある意味邪道なので。


 牛乳は熱処理をして殺菌するのが当たり前のようなので、やってもらった。


 それらを考えると、温かいもので考えるのが良いかもしれない。


 いもやから持ってきた桶のふたを開けて中身を見せた。


「これ……食べ物?」


 タピオカを見たアンドレアの一言目は、まぁそんなもんだろう。大丈夫なものだとわからせるために俺が先に食べて見せて、面白い食感だと伝えると、アンドレアも口に入れた。


 するとすぐににこにこして「何これ、面白い食感!」と喜んだ。それを見て、この世界でも売れると確信できた。


 そのまま飲み物に入れても飲みづらいので、持ってきたタピオカを5ミリくらいのサイズに切りそろえた。


「じゃあ、これらを掛け合わせてみようか」


 紅茶を作り直し、カップにタピオカを沈め、砂糖を少し多めに入れて、ミルクを注ぐ。それを横でワクワクしてるアンドレア。


 微かな紅茶とミルクと、砂糖の甘ったるい香りが店内を包む。


「飲んでいいの?」


 頷くと、アンドレアは熱いのをふーふー冷ましながら飲む。甘いミルクティーが若い女子に受けないわけはない。当然「美味しい」と満面の笑み。


 ストローがないのでスプーンでタピオカをすくい、ミルクティーと一緒に食べると、さっき単体で食べた食感だけの味気ないタピオカがスイーツになる。


「美味しい! 美味しい! これ美味しいよタナカ!」


 アンドレアが求めていた美味しい物だったのか、「これみんな、いっぱい、お客さんくるよ!」と興奮が収まらない。


 俺がイメージしていたものができた。この世界でも少し知識があると何とかなるのかもしれない。こうやって無邪気な笑顔を作れるのなら、前の世界の40年間も無駄なことをやっていなかったのかもと、少し救われた気持ちになる。



 紅茶の作り方や、タピオカミルクティーの作り方、おおよその値段など話をしているところに、ヴェルナーが返ってきた。


「おい、タナカ、お前は何をした?」

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