第13話:もちゃもちゃするもの

 アンドレアの待っている喫茶ニコーレの前に、昨日仕込んでいたものを確認するために、いもやを訪れた。


「タナカ、早いねぇ」


 起きて軽くご飯を食べてきたので、それほど早いのかどうかわからないが、いもやはまだ準備中だった。


 芋の皮を剥いたり、昨日教えたメニューを作るため、従業員に教えたりして仕込みに準備がかかっているようだ。なので、俺が早いわけではない。


「トーマスも頑張ってるね」


「せっかくだから美味しいものはお客さんにも楽しんでもらいたいからね」


 食べるとすぐに結果が出るので料理はありがたい。信用してもらえるのが早い。


「キャッサバだけど、どんな感じになってる?」


「タナカに言われた通り、3回水を換えて、嫁さんがすり下ろしてくれて倉庫に置いてるよ」


「おお、それはありがとう」


 一緒に仕込みをしている奥さんを探して頭を下げた。


「しかし……あれを本当に食べるのか? いや、水につけてるってことは飲むのか?」


 トーマスはまだ不審に思っている。まぁ、俺も前の世界で作ったことがなければ「そんなわけあるか」って思ってただろう。流行ったとき、記事のネタでやっておいてよかった。


「そんなに不思議なら……時間があるなら見に来るか?」


 トーマスは仕込み指導を奥さんに委ねてエプロンを外した。


「そうだな、作り方を教えてもらったほうが今後のためになるのかもな……毒見はタナカがやってくれるから安心だしな」


 さらっと怖いことを言うが、毒性のある芋ってのを知っているので仕方がないか。キャッサバってのはコンニャク芋みたいなものなんだよな……もしかしたらコンニャク芋も捨てられているのでは? そんな他の毒性のある芋のことも考えたが、ひとまず今はキャッサバを見に行く。



 すり下ろされたキャッサバは、水の中で沈殿して下にたまっている。上澄みの水分を極力取り除いて、底の白い部分だけにした。


「これを、食うのか?」


 白いドロドロを見て、トーマスは余計に食べられるか不安になっているようだ。


「まぁまぁ、大丈夫だから見てなって」


 本来は漉し器になるものがあると良いのだが、なさそうなので、そのまま鍋にかけて水分を飛ばしてくことにした。


 ある程度トロトロになっていったところ火を止めて、さらにその塊をスプーンで小さくすくって沸騰したお湯に入れていく。


 30分ほど茹でたところで水に晒して、冷めたところで完成。


「結構手間がかかるもんなんだなぁ……でも、ぷるぷるしてるのが良いな」


 トーマス、なかなか乙女な心も持っているのかもしれない。


「そう、良いところついてるね! このプルプルが良いんだよ。まぁ手間はかかるけど」


 前の世界で気軽に買えて、店としてコスパも良かったものだけど、実際作るとなるとかなり手間がかかる。


「食べてみるか?」


「……いや、まずタナカが食ってくれ。俺はまだ勇気がないや」


 革新的考えを持ったトーマスでさえ、中毒性のあるキャッサバは加工したもので、これだけ魅力的なプルプルでも怖い。その中毒は青酸配糖体によるものだが、この世界のものがそこまで知る力はない。俺も知識で知っているだけだ。


 多分同じキャッサバだと思うので、俺が食べるしかない。


「じゃあ、いただきます!」


 もちゃもちゃ……

 もちゃもちゃ……


 美味い……というか味がないので、面白い触感なのだが。


 俺が飲み込んだ段階で何もなさそうなのを見て、トーマスも一安心した。


「医者は呼ばなくても大丈夫そうだな?」


「そうだね、これは俺が知ってるものと同じものだと思うから問題ないかと。トーマスも食べてみるか?」


「じゃあ……食べるか」


 一安心したが、恐る恐る手を伸ばし、口に放り込んだ。


 もちゃもちゃ……

 もちゃもちゃ……


 トーマスは目線を上に向けたり、首を傾げたり、腕組みしたり、それを口内で感じている。


「タナカ、これは……美味いというよりも、面白いじゃないか?」


「さすがトーマス。この世界の感覚では貴重な存在だな」


「この世界?」


「いや、そう、うん、そうなんだ、新しい物を受け入れる、感じ取れるお前は貴重だってことだ」


「まぁな、この食感は面白い。あまり感じたことがない食べ物かもしれない」


「このもちもちは味じゃないけど、美味しいの先にある人の欲望を満足させるものなんだよ」


「なかなか、まだ我々からすると未知の存在の話だな」


 たしかに、でもこれはやはり喫茶ニコーレで使えるものになりそうだ。


「いもやの店頭で出せるものにはならないのだけど、これをヴェルナーの喫茶ニコーレに納品してもらうことは可能か?」


 いもやの作業は仕入れと加工を担当してもらいたい。喫茶ニコーレは狭く、すぐにコストをかけられないと考えると、加工されたものを仕入れるのが良いと思われる。ニコーレ農園も、いもやも儲かるので結果的に三者が喜ぶ図式になる。


「う~ん、本当に売れるのか、これ?」


「喫茶なら使えるから大丈夫! とりあえず、このあと俺がニコーレをの新商品を作る時に使う……だから、できるだけ安い仕入れ値にしてもらいたいんだけど……」


「それは構わないよ。そもそもニコーレ農園からだし、廃棄も手間だったし。タナカを紹介してもらえたのもヴェルナーのおかげだし、加工の作業費だけで良いよ。人気が出るなら、ニコーレ以外に卸すときに儲かるように値をつけるから」


 なかなかしっかりしている考えだ。本当にこの世界よりも前の世界の感覚に似ている稀有な存在だ。


「じゃあ作ったこれを持っていかせてもらうよ」


「お、全然いいよ。どんどん商売になるようにしてくれ」


 冷やした桶に蓋をしてもらって、喫茶ニコーレに持っていかせてもらう。


「そうそう、このキャッサバのプルプルは何て言って取引したら良いんだ?」


「それはタピオカで」


「タピオカ?」


「そう、タピオカ」

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