第12話:報酬はいただきます
エマまで戻ってきたら、看板に取ってつけたように「ビストロ」の文字が入ってたので可笑しかった。
「いらっしゃいま……、あら、お帰り」
もうディナーの時間になっていたこともあり、ビストロ・エマの店内は混雑していた。今日もリゾットの注文が止まらないようだ。
このまま部屋に戻るのも忍びないので、手伝うことにした。
厨房に入ると、大量の食材が準備されていた。イルゼとハンスだけでも持ちきれない量だったのでびっくりした。
「今日の仕入れは市場から直接持ってきてもらったんだよ」
それに気が付いたハンスが、調理をしながら答えてくれた。
運び入れるのはそれでも良いとして、そんなにこのビストロ・エマに資金があるように見えないところを考えると、後払いの買掛ってのができる街なのだろう。結構色々整っているのかもしれない。
「ハンス、俺も手伝うよ。何したらいい?」
「働いてきたばっかなのにすまんな、仕込みがまだ追いついてないのがあるから、タイを捌いてもらっていいか?」
「はいよ」
まだ3日なので特にアレンジもなく、たんたんと同じものを作っているだけ。お客は珍しいのか途切れることはない。
調理の合間に客席を見ると、学生らしき女子三人組もいる。庶民の食べ物だが、貴族階級も同じ場所に来て食べることができるというのは、結構開けた国なのだろう。良いところだと思う。
そして、流行を作るのは若い女子。そう考えると、まだまだこれからもっと忙しくなる可能性があると思う。接客をしているイルゼは能力は高そうだけど、さすがに一人では限界だと思う。
「今後これ以上忙しくなりそうだけど、誰か雇わないのか?」
俺の問いに、ハンスは「すでに募集かけてるよ!」との返事。
皿を戻しに来たイルゼが聞いてて、「今日昼に何人か面接したから、近々楽になるかも……」とため息をつきながら答えた。
「あと、タナカを呼んで来いって、そこの学生さんが言ってるよ」
イルゼの視線の先には、さっきの女子三人がいる。視線が合うと微笑みを返してくる。「ごきげんよう」的な。とはいえ、それが何を含んでいるかわからない怖さもある。
「俺、何かしたのか?」
「たぶん、お礼が言いたいんじゃないの?」
あぁ、「シェフを呼べ」みたいなのか、と思って少し安心した。
「貴族様だから早く行ったほうが良いんじゃないの?」
そう、とはいえ貴族だと思われるので、「面倒じゃなければいいけど……」と言いつつ厨房をは慣れた。
女子学生たちは残さずしっかりと平らげたいた。このあと帰宅して晩御飯が出ると思うのだけど、どの時代も若さってのが羨ましい。
「お客様、お呼びと伺いましたが?」
顔を見合わせ、一人の女子が口を開いた。
「あの店員の方にお聞きしたところ、これ、貴方が作ったとか?」
特に普通に聞かれているだけなのだが、さらさらな長い金髪、目は二重でパッチリ、よく見ると瞳が青い。どこから見ても貴族のお嬢様。その高貴な感じが威圧感になる。いや、自分も田舎の貧乏貴族という生まれのはずなのだが、格が違うというか、そもそも前の世界では底辺の存在だったからなのか……。
「へい、そうでございやす」
俺は自分が17歳であることを忘れ、卑屈な言葉になってしまって、それが相手を不快にさせたようだ。
「これだけ良いものを作るのに、へりくだった言い方はやめなさい。嫌味に聞こえるわ」
「すみません」
「まぁいいわ、あなた名前は?」
「名前ですか? タナカと申しますが……」
「タナカね、覚えておく……けど変な名前ね」
「よく言われます(この世界では)」
「また次、楽しみにしてるわ」
金髪女子はそう告げて、三人分を支払い店を去っていった。カッコいい感じで。
たぶんこの世界も高貴な人がやっていることを、庶民はブームにしたりするはず……やはりリゾットが流行ることを確信した。
*
昨日よりも食材は多くし入れていたが、閉店時間より少し前に無くなって早めの店じまい。
足をがくがく震わせながら、三人横に並んで皿洗いをしている。
「そういえば、アンドレアに連れられて行った喫茶ニコーレはどうなったの?」
イルゼが聞いてきたが、ハンスも気になっていたようだ。
「まぁ……それよりも先に、なぜか「いもや」の問題を解決してた感じになっちゃったかな」
二人揃って「なんでだよ」と持ってる皿を滑らせそうになった。
ニコーレに行ったが、オヤジのヴェルナーに飲み屋に連れられて行ったら、いもやのトーマスがいて、先にそっちを助けてやってくれ、と言われたと端的に伝えた。
同じ街の商売人なのでわかっているのか、ヴェルナーの事情も、奥さんがいもやに納品してるのも知ってたので、理解が早かった。
「で、いもやはどうなのよ?」
「あそこの主人は良いね。基本的に新しいことに興味を持つから俺も提案のし甲斐がある」
「だろう? トーマスは若いころからそうだったんだよ。探求心がある。だから毒のある芋まで仕入れちゃって、試しに食べたら下痢が止まらないとか過去にやらかしてんだよ」
ハンスはトーマスと昔馴染みなのか、そんな面白話も知っていた。恥ずかしかったからなのか、俺には言ってこなかった。
「でも、ここのリゾットのライバル商品を作っちゃったかもね」
「なんでぇそれは?」
「思ったよりもいろんな種類の芋があったし、トーマスがメモってたりして興味持ってくれて楽しくてな。まぁこんど食べに行ってみなよ」
「じゃあウチにも作ってくれよ」
ハンスは口を尖らせて不貞腐れた様子だった。が、可愛いわけではない。
「トーマスは報酬くれるっていうのもあったからね。俺も何とかしないとっておもったわけだ」
「え~お金なのぉ?」
親切心を搾取、というつもりじゃないんだろうけど、ビストロ・エマには何宿何飯の恩は返しているので、リゾットでイーブンじゃないの? と伝えたら、二人とも納得した。
「まぁ、とはいえ、報酬って言ってもお金なのか、ここみたいに何か食べさせてもらうのか、特に決まって話したわけじゃなく、結局は、俺の芋に対しての興味だったってことだね」
「ウチにはリゾット以外、何か興味持ってもらえるものは無いかね」
ハンスもこの味と盛況っぷりから、美味い物と、それに対して儲かることに興味を持ち始めたようだった。それに関して俺は歓迎したいと思う。
「いや、まだまだポテンシャルはあるでしょう。ハンスがやる気になってるってことで十分やれるでしょ」
「お、マジで?」
「私も新しい何か食べたいよ!」
あれだけ懐疑的だった二人が、俺の考えでこうも前向きになってくれたのはうれしい。だが、店の混雑具合から新メニューを増やすと厨房もホールも混乱することが目に見えているので、もう少し先にすることを伝えた。
「それよりも、明日、アンドレアのところへ行って考えてあげないといけないし」
「そうだね……」
イルゼは「あの頑固おやじを説得できるのかねぇ」と言い、ハンスも頷いた。
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