第10話:前向き店主
翌日訪れたトーマスの芋屋は、そのまま「いもや」だった。理由は、「だって好きなものって言ったら芋だったからね」とのこと。
店構えは奥に芋の倉庫があり、手前に焼いている屋台と鉄板があり、匂いも外に流れる感じ。実演販売できているのは見栄え的にはかなりよい。
とはいえ、商売っ気は薄い。厚さ1センチくらいに輪切りにして、3個ほど串に刺した焼いてる芋が、価格はすべて同じ10ベル。
見たところ、いろいろな種類があるようだが、一律同じ価格。味付けは塩を振っているだけと非常にシンプルだ。
「食ってみないと考えられねぇだろ」
というトーマスから1本もらうが、一番上はジャガイモみたいな味。二つ目はサツマイモ? 三つめはヤマトイモと、良く言えばバラエティーに富んでいる。
確かに塩味でも食べるに困らない。素材がしっかりしている。だが、これは俺が初めて食べるからであって、毎日同じものと考えると、食べ続けると飽きが来る。たぶん1週間持たない。
さらに、「今日はサツマイモ食べたい」と乙女が思ってても、何が出てくる変わらないのであれば、小遣い10ベルからそういう闇鍋ロシアンルーレットを体験するのは避けたくなる。ダイエットとかではなく。
「で、どうだ?」
そう聞かれたので、素直に素材の味は悪くないが飽きること、ごちゃまぜにしないほうが良いなど伝えた。
「ごちゃまぜとは?」
そもそもトーマスだけに限らず、素材にもあまり興味がない人が多いのか、芋は種類関係なく芋なのである。毒があるかないか。
「これとこれ、味も触感も違うよね?」
サツマイモとヤマイモみたいなのを指さして食べさしたが、「でも芋は芋だろ?」と理解してもらえない。
「いや、素材によって調理方法が変わると、まったく別のものができるんだよね……」
「いもや」店内と、住居である二階のキッチンを見せてもらい、使えそうなものを取り出した。なし崩し的にこの店を発展させるための提案をすることになる。
リゾットでもわかったのだが、実際に作って食べさせないと理解してもらえない。ただ、料理は作ってすぐに結果(美味しい)がわかるので、比較的理解してもらいやすいジャンルでもある。
キッチンを借りることにした。
サツマイモは、茹でてマッシュした後、牛乳と砂糖を混ぜて、見たところ片栗粉がなさそうだったの他の芋(茹でたヤマトイモ)を少し混ぜて粘り気が出たらピンポン玉サイズに丸めて、油に投入。表面がカラっと上がったら、さらに砂糖をまぶす。
ジャガイモも茹でてマッシュ、そこにヤマトイモを少し、塩も少し入れて、今度は鉄板で焼く。仕上げには醤油が欲しいところだがなさそうだったので、お酢と油と塩で簡単なつけて食べられるドレッシングを作った。
ヤマイモは生のまま短冊切りにして、同じドレッシングをかけた。
「結構めんどくさそうだな……」
そうつぶやくトーマスに、「四の五の言わず食べなはれ」と勧める。
「どれも美味い……なんだこれは」
当たり前である。焼いた芋に塩をかけただけの人が食べたら、料理人でもない素人の俺が作ったものでも美味いに違いない。
「普段使ってる物と同じはずなのに……やっぱり、昨日食べたリゾットやらも魔法じゃなかったんだ」
魔法とか言われると超照れる。
「AにはA、BにはBのやりかたをすれば、同じ食材でも人が感じられる美味しさってのが生まれるんだよ」
「これは、タナカが言うように、俺たちは商売をするのに何かを見落としてたのかもしれないな」
食べてすぐに自分の考えを改めようとできるトーマスに感心した。良いものを取り入れようとする考えというのは、歳をとればとるほどその思考にならないものである。凝り固まらないトーマスが貪欲なのは、そもそもの資質と家族のためかもしれない。
キッチンから聞こえるトーマスの唸り声と、匂いにつられたのか、奥から生まれたばかりの子供を抱えた奥さんが顔を出した。
トーマスが「食べてみなよ!」と嬉しそうにサツマイモ揚げを差し出してきたので、何かわからないものだったが、少し恐る恐るかじった。するとジワっと口の中に広がる甘さが今までに味わったことがないものだった。「何これ?」と目を輝かせたので、これでいけるということがわかった。
*
俺は奥さんに事情を説明した。トーマスが奥さんとお子さんのためにもうひと頑張りしたいので、手伝ってほしいと言われたと。
たいしたことはしていない。けど、トーマスにとって、これだけで店の今後が明るくなることが分かったようだ。さっそく奥さんと二人で、これをどうやって作っていこうかと話をしている。
奥さんとお子さんの姿を見てると、俺もいただく対価……がどんなものかわからないが、それ以上に手伝おうという気持ちになる。
他にも何かできないだろうかと言われたので、1階奥の倉庫を見せてもらうことにした。そこにはさまざまな芋があるようだ。中にはコンニャク芋もある。トーマスに聞くと毒がある芋も混ざっているので捨てるとのこと。選別は店の仕事だそうだ。
「そういえば、ニコーレの農家から仕入れている芋についてなんだけど……」
そういって見せてもらったのは2種類の芋だった。
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