第8話:喫茶店でいっぷく…できない
カフェ「ニコーレ」
看板にはそう書いていた。この街は愛している人や物の名前を店名などにすることが多いらしい。さっきのリゾットの店は「エマ」。店主・ハンスの好きな女優の名前だそうだ。このニコーレは同じようなものなのかも。
エマを出たとき、すでに日が暮れてたこともあるが、この街の食べるということが、栄養の摂取に重きを置いているので、営業時間はだいたい早い。なので、このニコーレも閉まっている。
カフェ……のはずなのだが、喉が渇いたのでお茶を飲む、その程度なのか、俺が知っているスタ☆バックス的なものでも、古い喫茶店的なものでもない。間口が
「帰ったよパパ!」
間口2間とかいうが、ドア2枚分しかない。そして中も狭い。見て2秒でわかるスペースは6畳程度。カフェの中は実家のキッチンみたいな設備しかない。椅子もなく、カウンターのみ。お茶を流し込んで店を出るくらいのスペース。
「ん、あぁ、お帰り」
やる気のない感じのオヤジの返事が奥から聞こえてきた。疲れているのか、寝転がっている。
「もぅ、人を連れてくるって言ってたじゃん!」
疲れたパパを見られるのを恥ずかしがるのはどの世界でも同じなのか。パパを叩き起こして連れてきた。
返事の通り疲れた感じで、頭もぼさぼさ、髭も整っていなくて、身なりが汚い。客商売、という感覚は無いようだ。
俺のその蔑むような視線を感じたのか、パパはさらに不機嫌になる。
「あんちゃん、何か用なのか?」
田舎のヤンキー丸出しだ。この俺がのちに客として訪れたり、口コミで人を呼んできたり、という感覚は持ち合わせていないようだ。
「どうしてそういう態度をとるの? 言ってたでしょ、美味しいご飯を作る人がいるって噂の……」
「美味いとか、関係ねぇから」
娘はしっかり考えているようだが、パパはそこまで興味がないようだ。しかし、店内の寂れ具合を見ると、あまり街の人に必要とされていないっぽい。
「関係ないって……そんなこと言ってられないじゃない!」
娘は店内を指さし、困窮している自覚を持ってほしいとパパに訴えた。
しかし、パパには響かない。
「そんなことか……うちはもう仕方がないんだよ」
諦めてしまっている中年はかっこが悪い。そう、かっこが悪い……。元の世界の自分を見ているようで辛い。
「何とかしてほしいって頼まれてここに来たんだけど、父親がそんな感じだと、何とかする気もなくすよ。お店をやっている自負があるなら、もっとエゴイストになってもらわないと、俺もやる気が出ない」
娘は真剣に何とかしたいと考え、パパは諦めている。娘のことを思うと何とかしてやりたいという考えもないが、拒否されている感があるので、俺からは提案したくない。
「おまえさんがどんなやつかわからねぇけど、若造にそんなこと言われる筋合いはねぇんだよ」
「吠えたところで状況は良くなるのか? ますます手伝うなんてヤだね」
「……仕方ねぇんだよ」
何かわからないが、17歳の若造に言われてもあきらめの考えは変わらないのか。娘はそれでも何とかしたい。
「仕方がないって、どうしていつも諦めてるの? そんなのだからママも逃げちゃうんじゃない!」
「その話はするんじゃねぇよ!」
勝気な二人がもめているが、俺からすると、原因はこのパパにしかなさそうに見える。そしてまだいる俺のことが気に入らないようだ。
「見ての通りだから、帰ってくれ」
そう告げて、また奥に戻ろうとしているところを、娘が服を引っ張って止めた。
「お客さんが戻ってくればママも帰ってきてくれるって……だから、ね、頑張ろうよ」
「頑張るってなんだよ。俺だってやることがってんだよ。でも時代なんだよ……わかってくれよ」
涙目になって訴える娘を見て、怒鳴っていたパパも少し冷静を取り戻したようだった。
「アンドレア……すまん。でも、俺はこの店をどうにもできると思えないんだ」
鼻をすすり、袖で涙をぬぐいパパにニッコリ笑顔を作った。
「だからこの人を連れてきたんじゃない」
娘・アンドレアは俺に向けて「ね!」とねだる。
こんな状況だと断れないじゃないか。
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