第7話:ここも朝から晩までブラックか
少女は懇願している。
「すみません、今日はすでに売り切れちゃってて」
イルゼが申し訳なさそうに言うのだが、少女は首を振る。
「違うの、確かに、美味しい、匂い、した、けど……」
なぜ途切れ途切れに! と思ったら、よだれを垂らしている。店主、イルゼも観てると、我に返りズルっとよだれを袖で拭った。
「いや、そう違うの!」
何が違うのかわからないが、食べたかったわけではないらしい。
「パパの店を助けてほしいの」
*
聞くと、仕入れ先から嫌がらせを受けて、材料を高い値段で売られているらしい。とはいえ、出すものを高い値段にするわけにもいかず、薄利だとのこと。
味とかではなく栄養が摂れたら良いという店ばかりで、そもそも薄利である。なぜなら、原材料の価格を市民も知っているから。店で購入するのは手間を減らそうというだけで、メリットも薄い。
とはいえ、家で美味い料理を作るかというと、夫も妻も、その子供もやらないので、味に関してはどっちもどっちだけど。
それで、この少女が思ったのが、料理を美味しいという付加価値があると高くても売れるということ。だが、そのパパは信じていなかった。しかし、今日、ここの店が美味しい食べ物を出しているという噂があり、夜見に来ると行列になっていた。匂いもたまらなかった。
この街では稀有な考えで、見た目は10歳くらいだろうか、すでにパパの手伝いをしているようでしっかりしている。俺は「そういう考えもする人がいるんだねぇ」と感心した。
「あなたが行列の料理を作ったのね?」
「作ったのは店主だけどね」
少女が見ると、「いや、この人はこの街の人だから無理でしょ」と一刀両断。間違いはないけど、ズバっという子だ。
イルゼのほうを見るが、何か言われる前に彼女は首を振った。ズバっと言われて傷つきたくなかったのだろうか。
「やっぱりあなただよね!」
「美味しいってのがわからないってことだったから、作らないと伝わらなく、渋々ね」
「やっぱり……美味しい味って重要よね」
うんうん、自分の考えは間違ってなかった、と腕組みをして納得している。
「その味で救ってほしいのよ」
ね! ね! と体を寄せてくる。無邪気! とても無邪気に! 俺が本当に17歳ならそのアタックにチャームの魔法がかけられてただろうが、中身はオジサン。普通に就職して結婚してたらこれくらいの子供がいたのかなぁと考えていしまって、つらい。眩しすぎる……。
だけど、自分のもっているものが活かして、この子を救えるのであれば断る理由もない。それに、この街は美味しい食に興味がないだけで、食材のポテンシャルはありそうなのはわかった。
料理人でもないし、食べ物専門のコンサルタントでもないので、本当は他のことでも活躍したんだけど、この世界では食が一番伝わりやすいのかもしれないなぁ。と思いつつ、引き受けるつもりだ。
店主もイルゼも「助けてあげてよ」という顔でこっちを見ている。やれやれだが、気分は悪くない。
「君のパパの店を見てからでいいかな?」
「うん!」
ニコ~っと満面の笑顔でお礼を言ってきた。そして、「じゃあ行くよ!」と腕を掴まれ立たされた。
「え? いまから?」
「そうだよ?」
昨日も遅くまで教えてて、今日はさっきまで働いてて、そしてこれからまた……。
そんなことはお構いなしに、「早く!」と急かされ、諦めてもらえそうにないので、行くしかなかった。
「ここまで来てもブラック……」
「何か言った?」
「いや……大丈夫だ。行こうか」
店主は明日の仕込みがあり、イルゼももう少し片付けがあるので、「頑張ってね」と見送ってくれた。リゾットもそうだけど、ギャラの話を少し考えないとな、と考える余裕はあった。
*
「あぁ、ここか」
たどり着いた店は、この街に来て食べ歩いた10軒の中の1つだった。つまり、美味しくない店だった。
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