第6話:満員御礼
夜の営業開始は遅めだとのことで、案内もかねての買い出しである。
イルゼはまだ10代だが、親戚の店主の店を一人で手伝っているだけあって、しっかりしている。
商店の店主たちからも話しかけられ、しっかりとコミュニケーションをとれている。いわゆる看板娘的なものだろう。
「あなた、私と同い年くらいよね?」
「そうだね、17歳かな」
本当は中身は40歳とこちらの世界の17年だけど。
「私の1歳下か……それにしてはしっかりしてるよね?」
「まぁ……ね」
そりゃオジサンだから……ね。
「教養もありそうって思ったから、さっきは貴族みたいにフォンって付くのかなぁと思ったのよ」
この子は案外鋭そうだ。店などでオジサン連中に囲まれてるだからなのか、この世界の子は労働に勤しむのが早いからなのか、大人としての考えが優れている気がする。
とはいえ、バレても面倒なので適当に笑ってごまかして、話題を変えた。
「あの子たちは何をしてるの?」
花屋の前でキャッキャと嬉しそうな少女たちがいた。
「う~っと、たぶん、白い花を買ってるのかもね」
「白い花?」
よく見ると、いくつもの白い花を見ながら、どれが見栄え良いか話し合っている。
「この街の女の子は、好きな相手に白い花を贈る慣習があるのよ『私はあなたに純粋です』って意味で」
なかなかロマンチックのようだが、俺はその手の話に疎い。なので気の利いた返しはできない。
「イルゼも経験あるのかい?」
「う~ん、ないかなぁ」
手首のミサンガのような飾りを触りながら言い返すイルゼは、寂しさがあるような、さらに大人びた感じに見えた。俺は地雷的なものはわからない。だが、あまり求めれている質問ではなかったことはわかった。
*
日中から若い子、特に女の子が街に多い。それも気になったので聞いてみたところ、学校に通えるのは貴族の子女くらいで、一般の国民は読み書きを親から教わるくらいで、10代前半には奉公に出始めるものらしい。
俺の生まれた町は、初等教育くらいは整っていたのは稀だった。質素倹約の風潮のまま現在とはいえ、そのままだと先細りがあるので、それこそ教育に力を入れても良いと思うのだが、今の俺にそれをどうこう言うまでの力はない。
街の女の子は肉付きも良く、栄養は十分足りているようだった。もちろん働く男性も筋肉がありしっかりしている。戦後20年だが、労働力の男子だけじゃなく娘にも食わせられるのは裕福な家が多いのだろう。だから、教育まで頭が回らないのかもしれない。
とはいえ、栄養だけじゃ物足りないよなぁ、と思いながら、買い物は済み、店に戻ってきた。
魚を買いに行き驚いたのは、鯛が大量に並んでいて、大衆魚という扱いだった。羨ましい。
そして、店の前はすでにディナーを食べたい行列ができていた。
「開店を早めようと思う」
そう店主が言って、イルゼは驚いた。働き始めて、いや、この店の存在を知ってから初めてのことだった。すでに皿は綺麗になって食材以外は準備万端だった。店主の鼻息も荒かった。
そこからは怒涛の勢いで3時間。食材がなくなり最後の客を送り出した。仕入れだけ手伝えばよいと思ってたのだが、見てると店が回らないとすぐにわかったので、フルで手伝うことにした。俺が仕込み、店主が作り、イルゼが運ぶの繰り返し。
「学生時代のバイトだってここまでハードにやったことがなかったなぁ」
皿を洗いながらつぶやいていたが、みんなへとへとで聞こえていなかった。
疲れたが、そこそこ爽快感もあった。自分で考えたものが人のためになっているというのは、カモミールティーの時から気分が良いのでやっている。
一段落して、鯛無しリゾット(つまり米)を食べて、お茶を飲み椅子にもたれていた。
カランコロン。
店のドアが開く音が鳴った。
プレートをOPENのままにしていたこともあり、間違って入ってきたのかと思ったが、そうではなかった。
「ここに美味しいというものがあるって聞いたんだけど?」
飛び込んできた少女が店内の三人を見て訊ねた。
店主とイルゼが俺のほうを見た。
それを確認した少女は俺に近づいてきた。
「ねぇ、助けてほしいの」
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