第5話:だから俺はリゾットを作る

 少女を助け、薬局みたいな売店の新しい名物も作れた。今後俺はその店で100ベルまでのドリンクを1日1瓶無料で飲むことが許されることになった。


 それは大したことではないが、自分の持っている知識が人のためになり、お金や何かを稼ぐことができるというのが分かった。


 何もモンスターや敵勢力と戦ってゼニを稼ぐだけじゃない。店を開いて物を売るだけじゃない。


 この世界には、前の世界に比べてまだないものがあるようだ。


 少し前世の記憶と、コミュニケーションやディレクションとかを使ってコンサルみたいなことをして人助けをしたら少し稼げるかもしれないと思った。


俺は商業ギルドに登録をした。


***


 そのように人に尽くして少しお金や何かをもらう旅を1年したころ、この街にたどり着いてリゾットを作った。


 疲れていたのか昼に起きて昨日の店舗に出てみると、店の外にこぼれる匂いに誘われて、店内が賑わっていた。


「おう、手伝ってくれ!」


 これほどの人に提供したこともなく、いままではただ栄養を出してただけなので、店主も店員もあたふたしている。


 気の毒に思ったが、慣れないことを必死に頑張っているオヤジの姿は微笑ましく思えた。


「にやにやしてねぇで、ホントに手伝ってくれ~」


 悲痛な言葉で嘆願されたので、俺は厨房に入って手伝った。


 忙しすぎて休憩時間まであっという間だった。俺もみんなもやっと休憩ができた。


 まかないは唯一の売りモノのリゾット。昨日教えたものの再現度は高く、感心した。


「これだけのものが作れるのに、どうしてマズイものしか作れなかったのか……」


 そう呟くと店主が教えてくれた。


「20年ほど前まで、隣国と長い長い戦争をしてたんだ――」


 フリッチュというこの街はオイレンブルクという国の一つの都市とのこと。オイレンブルクは隣国との争いをする前、非常に豊かな国だった。今も資源は豊のようだが、人々の生活は質素に見える。何か蒐集したりもなそうだし、この店の味もそうだ。追求しない。


 それは戦争が始まってから戦争が終わる30年の間に、国王が発した質素を是とするところに始まる。


 大臣や貴族たちは徹底的に華美を排除し、生活レベルもギリギリまで落として、無駄を省いた。さらに国民にもそれを強いた。


 国民に強いて貴族は優雅に、ということではないので尊敬すべきではあるが、文化的なものが削がれて、ますます国が戦争に傾倒するようになっていった原因でもあるようだ。


 国王は、そこまでのつもりもなかったが、国費を圧迫する軍事費のことを考えると、元に戻せとも言えなかった。


 こうして民だけじゃなく国が質素の方向へ舵を切っていった。


 現在、そのまま質素な生活を引き続けているようだ。リゾットの再現度もそうだが、決められたことをきっちり守る国民性のようだ。


 30年ほど続いた戦争は、10代から働き盛り世代を戦争に連れて行き、この国は若い世代が多くなっている。それもあり、余計に戦前の味を継承することができなくなっているらしい。


 とはいえ、人間本来の美味いものを嗅ぎ分ける能力が消失したわけではないので、店からの匂いにつられて今朝は繁盛したようだった。


「とはいえ、これは夜も客が来てしまいそうだな……」


 店主が憂鬱そうに構えている。


「なに、繁盛するのがうれしくないのか?」


「いや、そうじゃなくて、予想以上過ぎるから、ストックが無くてな……」


 ほとんど空っぽになった保管庫を見せられた。これでは売るものがない。


「悪いけど、好きなだけ泊っていって良いから、店手伝ってくんねぇかな?」


 1週間くらいはゆっくり滞在するつもりでホテルを探すか、懐具合から野宿か考えてたので、手伝うことに異存はない。根無し草としてはありがたい話だ。


「それで、俺は何をすればいいんだ?」


「ひとまず、イルゼと一緒に材料を仕入れてきてくれないか?」


 イルゼというのは、店員のことようだ。スカートの裾を持って軽く会釈してきた。


「了解。で仕入れるのは?」


「すまねぇ、同じメニューしかないから、魚と米、あとはお前に任せるよ」


 料理はすぐに結果がわかるからありがたいし、信用してもらうには良い手段だと思う。店主の信頼も、美味しかった証拠だろう。


 店主はランチで山積みになった皿を洗い始め、俺とイルゼは店を出た。



 街の活気はある。なぜならオジサンが少なく、労働力の中心が10代20代ということが大きい。声も大きく、ギラギラしている感じがある。


 イルゼは聞いてきた。


「そういえばあなたの名前って聞いてなかったよね?」


 たしかに。一晩泊めてもらっているにもかかわらず名乗っていなかった。それでも何とかなる世界ってのは楽で良い。名刺交換もいらないし肩書もいらないし……。とはいえ、もう少し同じ釜の飯を食う時間になりそうなので名乗るべきだと思った。


「俺は、タナカだ」


「タナカ?」


「そう、タナカ」


「タナカ……なんとか=フォン=タナカとかじゃなく?」


「そう、ただのタナカ」


「ふ~ん、変な名前ね」


 この世界に来て転生したのが貴族なので、それなりに、貧乏貴族なのに偉そうな名前がついてた。それこそ「フォン」とか付いてたけど、家を出てから捨てた。前の世界によくあった名前のタナカにした。深い意味はない。


 ただ、この世界での響きは変のようだ。


「そう? 俺の世界だとサトウやスズキに次いでタナカもメジャーなんだけどね」


 この説明も何度もしている。


「サトウやスズキってのはおかしくないよね」


 ということも良く言われる。モノや魚、職業など、存在するものから名前を付けることは多いらしい。この場合、砂糖と鱸。だからタナカという「田んぼの中」というつけ方はないらしい。あるとするなら「田んぼ」的なファーマーとかそういうところだろうか。


「ま、良いわ。呼びにくくはないからそのままタナカって呼んであげる」


 特に異論はなかった。

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