第30話 道標ない旅-30
月曜の早朝、開門されると同時に学校に入った五十六は、教室には行かず急いで視聴覚室にやってきた。躊躇いながらスイッチを入れコンピューターのブートアップを待った。マウスを手に取り、メールソフトを起動した。音もなく画面にメール受信のダイアログが表示された。
*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*
五十六さん、
ごめんなさい。
気がついたら5時を過ぎてました。
あんまり優しいから、涙が出て止まりませんでした。
ありがとうございます。
また、お会いしましょう。
ドリフレ
*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*
メール受信の時間は土曜の五時八分。五十六が最後にメールを送ってから五分以上経っている。それでも、返事をくれた。五十六はほっとしながらメールを自分のクラウドにセーブし、検索モード中の履歴も消去した。音声出力モードを元のレベルに戻したとき、美弥が現れた。
「あ、おはよう、五十六」
「おはよう、美弥ちゃん」
「……あの子、メール送ってきた?」
怪訝な顔で美弥が五十六の表情を読もうとしていた。五十六は笑顔で答えた。
「あぁ、送ってきたよ」
あっさりとした答えに美弥は幾分安心した。
「どうだった?」
「まぁ、うまくいった、かな?、ってとこだね」
「かな、が付くの?」
「まぁね。また、今度見せるよ。それより、美弥ちゃんは、何しにきたの?」
「あたしは、ファイルを打ち出そうと思って」
「うそ」ニコニコしながら五十六は言った。
「本当は、気になってるんだろ」
美弥は戸惑いながら自白した。
「…ん、まぁ、それもあるけど」
「何年の付き合いだと思ってるんだ」
ふふ、と微笑みながら美弥は答えた。
「くされ縁も縁のうちってね」
「そうそう」
「教室に行きましょ、もうすぐ授業が始まるわよ」
「そうしましょ、そうしましょ」
五十六はコンピューターを閉じて、電源を切った。
視聴覚室を出て並んで歩いていると、五十六は遠くを見るような風で顔を正面に向けたまま美弥に訊ねた。
「なぁ、美弥」
「なに?」
「『幸せ』って思うことってあるか?」
「なによ、急に」
「『幸せ』だなって」
「そんな大げさなこと…」
「あの子は言ったんだ、はっきりとね。夢を見てるときが幸せだって、言ってたよ、あの子」
「…それは」
言葉に詰まる美弥に関係なく五十六はさらっと言った。
「『幸せ』は不幸の裏返し」
「えっ?!」
美弥は突然の台詞に驚いた。しかし五十六は、まるで暗唱しているかのようにさらりと続けた。
「『幸せ』を認識できるのは、『幸せ』を探してるから、なんてね」
「……そうかもね」
二人はそれ以上何も言わず、階段を上がって教室へ急いだ。
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