第18話 道標ない旅-18
「だめか…」五十六
五十六はメールを読み終えて、呟いた。由貴子が後ろからそっと覗き込んだ。
「どうでした?」由貴子
「だめだった。手伝ってあげる、と言って来たらこっちのもんだったんだが。仕方ないな」五十六
「これだけだと、やっぱり、うちの学校の子かどうかわかりませんね」由貴子
「ん。もっと確証が欲しかったんだけど、無理かな」五十六
美弥が横から覗き込んで言った。
「まだ、警戒してるのね」美弥
「うん。あくまで、ネットの向こうの、匿名の第三者という立場だな」五十六
「でも、この学校なのよね」美弥
「たぶん」五十六
「あの、ファンタジーのお話は、もう書いてないの?」美弥
「今回はなしだな。とにかく、仕掛けよう」五十六
「ニセのチャットパーティね」美弥
「そう、健太郎のハンドルネームは、ユッコ頼む。一人二役で大変だけど」五十六
「はい」由貴子
「今度は一時半直前にホームページを更新して、ギリギリまでチャットに入れないようにする。万が一誰かがアクセスしてきたら、適当に美弥が対応する」五十六
「OK。それはいいけど、誰かがアクセスしてきたら、もうそれで終わりでしょ」美弥
「そのときは、そのまま、普通のパーティとして扱う。後で、ご意見頂戴のメールを送って返事をもらうんだ」五十六
「でも、アクセス件数が少ないと、不審に思われないかしら」美弥
「ありうるな。だけど、これしか、策はない」五十六
トントンと扉を叩く音がして振り返ると、早樹が顔を覗かせた。
「いい、お邪魔して」早樹
「邪魔するんなら、帰って。あ、ごめん、美弥ちゃん、ぶたないで!」五十六
「っとに、ばかばっかり言ってるんだから。いいわよ、入ってきても」美弥
「ごめんね、やめるって言っておいて、のこのこ来たりして。あのね、やっぱり、籍はおいておいて。勝手なこと言ってごめんなさい。あたしには、どうしてもコンピューターは使えないなと思ったんだけど、やめちゃったら、ほんとに使えなくなっちゃうから、時々でいいから使わせて、ね」早樹
拝むような仕種でウインクしながら早樹は五十六に言った。
「いいよ、それでも」五十六
「いや」由貴子
五十六の言葉の後に由貴子が言った。
「ユッコ、どうしたの」美弥
「いや。早樹さん、勝手なことばっかりしてる。やめるって言っておきながら、またやるって言って、それも時々気の向いたときだけなんて、身勝手だ」由貴子
「なによ、あんた、1年のくせに」早樹
「ちょっと、早樹ちゃん、1年でも、ユッコの方がここでは先輩よ」美弥
「でも、そんなこと言われたら、こっちもムカツクじゃない」早樹
「いや、あたしはいや!」由貴子
「まあまあ、まぁまぁ、ママぁ、おっぱい!」五十六
「ふざけてないの!」美弥
「だけど、どうしようもないよ、これは。それに、ユッコ、まだ言いたいことがあるだろう」五十六
「…ぅん」由貴子
「それも言わなきゃ、まだまだもめるだけだし、言っちゃえ言っちゃえ」五十六
「でも、そんなの…」美弥
「言いなさいよ、言いたいことがあったら」早樹
早樹の挑発に意を決したように由貴子は口を開いた。
「早樹さん、本当にコンピューターに興味があってここに来たわけじゃないでしょ。五十六先輩が目当てで、それで適当に時間つぶしながら接近してるだけじゃない」由貴子
「なに言うのよ、この子。バッカじゃないの」早樹
「じゃあ、違うっていうんですか」由貴子
「言っとくけどね、コンピューターには興味はあったの。ただ、使ってみると、みんなが使ってるほど簡単じゃないなって、それで、つい遊び半分にはなってるわ」早樹
「全然、真剣じゃないと思います」由貴子
「なによ、その口のききかた、ムカツクわね。マジメがいいっわけじゃないのよ。おりこうさんのお嬢さん」早樹
「五十六先輩にモーションかけてるときだけ、真剣じゃないですか」由貴子
「いいじゃない、あたしは五十六君が好きなんだから。なんか文句あるの」早樹
「あります!」由貴子
「な、なによ」早樹
「早樹さんがふらふらしてるから、みんな浮ついて、結局ばらばらになっちゃったんです」由貴子
「そぉんなの、いいがかりよ」早樹
「以前は、みんな仲が良かったんです」由貴子
「あたしのせいだっていうのぉ。ひっどぉい」早樹
「ひどいのは、早樹さんです。見てればわかるじゃないですか、五十六先輩と美弥先輩が仲がいいくらい」由貴子
「え?」早樹
「ち、ちょっとユッコちゃん」美弥
「みんな、それで納得してたのに。後から来てかき回して、バラバラにしたのは、早樹さんです」由貴子
「ちょっと、待ってよ、ユッコちゃん。あ、あたしと、五十六は、確かに幼なじみだけど、そんなじゃないわ」美弥
「ちょっと、美弥ちゃん。そんなことひと言も言ってくれなかったじゃないの。あたし、美弥ちゃんだから話したのよ」早樹
「まぁまぁ、マァマ泣くのは赤ん坊。ということで、どうやらはっきりしてきたことがある」五十六
「なによ」早樹
「早樹ちゃん、おれは君には興味はない」五十六
「え、そんなぁ。…あたしがかわいくないから?」早樹
「違う、興味がないんだ」五十六
「そう、そうなのね、美弥ちゃんがいいのね」早樹
「よく聞いてくれ。興味がないんだ。好きだとか嫌いだとか、そんなことは言ってない」五十六
「そんなの、逃げよ。はっきり言って。あたしは、五十六君が好き。覚えてる?ちょっと前のことだけど、雨上がりの公園でいじめられてた子を五十六君助けてたじゃない。五六人いたいじめっこを追い返して、泣いてた子をおぶって帰ったじゃない。いじめられてた、あたしの弟を慰めてくれたじゃない。泥だらけの弟をおぶって、家まで送ってくれたじゃない。あの時、どれだけあたし感激したか」早樹
「あの子か。覚えてる」五十六
「五十六、そんなことしたの」美弥
「いや、まぁ、サングラスかけて脅しゃぁ、小学生くらい蹴散らせるさ」五十六
「あの時、泣いてる弟に何も言わず送ってくれた。弟もあれから変わったのよ。頑張って、いじめられても泣かなくなって、五十六君のおかげなのよ」早樹
「ふーん、五十六、そんなことしてたの」美弥
「まぁ…」五十六
「泥だらけになった制服でそのまま黙って帰って行った五十六君を見たとき、あたし、五十六君のことが」早樹
「あれ、早樹ちゃんだっけ?眼鏡かけてたからよくわからなかった」五十六
「眼鏡かけてて見えないなんてことはないでしょ!」美弥
「ここで見てて、五十六君はやっぱり素敵よ。楽しくて、頭もよくて、あたしは五十六君が好き!だめなの?」早樹
「だめよ」由貴子が言った。
「どうしてよ、あたしは好きなの」早樹
「だって、二人の仲まで早樹さんはバラバラにするつもりなの。サークルだけじゃなくて」由貴子
「美弥ちゃんは、関係ないって言ってるわ。ね、美弥ちゃん」早樹
「…ぅん」美弥
「いい、美弥、おれが言おう。実は、おれたちは親が決めた許嫁同志なんだ」五十六
バチンという音が響いて五十六が引っ繰り返った。
「この期に及んで、まだそういう冗談をいうか!」美弥
「こういうことにしときゃ、話はうまく納まるんだよ。融通が効かねえな」五十六
「そういう冗談じゃなくて、どうするの?」早樹
「どうするって?」五十六
「あたしは五十六君が好き。ちゃんと、付き合って下さい」早樹
「だから、断っただろう」五十六
「え?」早樹
「興味ない」五十六
「じ、じゃあ、美弥ちゃんがいいのね」早樹
「そんなことは言ってない」五十六
「うそ!」早樹
詰問してくる早樹を前にして五十六はサングラスを掛け、ポケットからシガレットを取り出しくわえた。
「五十六、煙草は禁止よ」美弥
「これは、チョコレート」五十六
「シガレットタイプのチョコレートも校則で禁止」美弥
「まぁ、いいじゃないか。これも、おれのダンディズムだからな」五十六
そう言いながら、早樹の方を目線を移した。
「早樹君、ヒステリックに騒いでる君は、非常に見苦しい。君の質問にはちゃんと答えている。君には興味はない。ますます興味は失せていく。わかるか、この意味が。君の行為があまりに、醜悪、だからだ」五十六
「五十六ぅ!なんてこと言うの!」美弥
「餓鬼の欲望か?猥褻画像でも見て発散してるほうがよっぽど健全だな。愛だとか恋だとか、好きだとか愛してるだとか、きれいごとの言葉で語り尽くせるものが、どんなに浅薄なものか、君にわかるかい?」五十六
「あたしのことが嫌いなのね」早樹
「女の子であることを武器にするのも、醜悪だな」五十六
「嫌いなのね、はっきり言って!」早樹
「コンピューター研として活動するつもりはないのか?」五十六
「そんなこと、どうでもいいわ」早樹
「なら、消えな」五十六
五十六は突き出した親指を下に向けた。早樹はぐっと唾を呑み込み、それから小さく話し出した。
「いいわ。でも、五十六君、もう一回だけ訊くわ。み、美弥ちゃんが好きなのね」早樹
五十六はくるっと背を向けて、コンピューターをいじり始めた。
「いい、言いふらしてやる。いいわね、美弥ちゃんも。もう、あんたなんか、絶交よ」早樹
「早樹ちゃん…」美弥
引き止めることもできないまま、美弥は出ていく早樹を見送った。
「五十六、どうする気。おかしな事言われたら」美弥
「美弥ちゃんには迷惑かけるけど、あの調子で騒がれてもな」五十六
「そうかもしれないけど…」美弥
「あ、でも、翔先輩は名前は貸しておいてくれるって」由貴子
「ほんと、よかった。じゃあ、あと一人ね」美弥
「大丈夫さ、健太郎も戻ってくる」五十六
「どうしてそんなことが言えるの」美弥
「簡単さ。おれたちは友だちだからさ。言葉なんて必要ない。早樹ちゃんがいなくなって、チャットパーティの準備をしてるって聞けば、また来てくれるよ」五十六
「ほんとに大丈夫なの」美弥
「きれいごとの言葉じゃないんだよ。おれたちは」五十六
五十六の台詞に妙に納得させられた美弥と、大きく頷いた由貴子だった。
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