第15話 道標ない旅-15

 視聴覚教室に由貴子の声が響いていた。先日のチャットの結果報告だった。健太郎は相変わらずムスッとした表情のままだった。翔は欠席していて、出席者は五人だった。

「と、いうことでした」由貴子


「はい、ありがとう」そう言うと五十六はサングラスを掛けた。


「諸君。以上の結果だ。まずは成功おめでとうと言わせてもらおう。今後の活躍も期待している。さて、それでは、次の使命を与えよう、それは、次のチャットパーティを開催することだ。日は、未定。とりあえず土曜の同じ時間ということで、進めてもらいたい。健闘を祈る」五十六


 五十六がサングラスを取ると、早樹が拍手した。健太郎がしらけた表情で五十六を見た。


「さて、それでは、次の計画、といきたいんだが、何か意見を」五十六

はい、と健太郎が手を挙げた。

「はい、どうぞ」五十六

「えー、俺は、もうやめます」健太郎

「えぇ、せっかくうまくいったのに。どうして」美弥

「美弥ちゃん、間違えるなよ。俺はこの同好会をやめるって言ってるんだよ」健太郎

「どうして?」美弥

「なんか、ばかばかしくなっちゃったしな。それに、活動なんて言ったって、ホームページばっかりだろ。学校の下働きじゃあ、面白くないしな」健太郎

「でも、やめたら人数が。せっかく、六人になったのに」美弥

「翔もやめるって言ってたよ。そしたら、四人だ」健太郎

「おい、なんだ、それ」五十六

「あいつはクラブで補欠に入ったんだ。もっと練習したいって言ってたぞ」健太郎

「…補欠なら、試合に出れるかもしれないわね」美弥

「それどころか、来年なら選手だ」健太郎

「そうか、仕方ないな。健太郎もこれまでありがとう」五十六

「ちょっと、五十六、なに言ってるのよ」美弥

「でも、やめたいって言ってるのに、無理に引き止める訳にもいかないし。でも、まだもう少しは、いてくれるんだろ」五十六

「ち。いいや、いますぐやめるよ。じゃあな。頑張ってな」健太郎


 健太郎は鞄を担いで部屋を出て行った。

「どうすんのよ、五十六。四人しかいなかったら、活動停止よ」美弥

「あとひとり探せばいいんだ。名前だけ貸してもらってもいいんだけど」五十六

「誰か友達にあたってみましょうか」由貴子

「うん、頼む。できたら女の子がいいな」五十六

「なに考えてんの、あんたは!」美弥

「だって、せっかく、男が出ていったんだぜ。これで女の子が入って来りゃあ、ハーレムだぜ!」五十六

「ろくなこと考えてないんだから」美弥

「でも、チャットできませんね」由貴子

「まぁ、三人で対応して、一人アシスタントということで、なんとかできるだろ」五十六

「まだ、あたし、雑用ですか?」早樹

「だって、まだコンピューター使いこなせないだろ」五十六

「それは、そうだけど…。なんか、つまんないな。あたしも、やめちゃおうかな」早樹

「それは、残念だ。だけど、仕方ない。さる者は、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン。どれがいい?」五十六

「どれもイヤ!」早樹

「早樹ちゃん、今回もアシスタントは必要だし、我慢して、ね、お願い」美弥

「美弥ちゃんがそう言うんなら、それでもいいけど。五十六君は、引き止めてくれないのね」早樹

「フ、海の男に女はいらねえぜ」五十六

バチンと音が響いた。

「ふざけてるんじゃないの!」美弥

「いちいち、ぶつな!」五十六

「ね、五十六君。特訓してよ、コンピューターの。ね」早樹

「いいさ。まず、グラウンド十周、腹筋五十回、背筋五十回、ヒンズースクワット百回。これだけを、一週間続けろ」五十六

「なにか、関係あるんですか?」早樹

「何事も体力が第一だ」五十六

「いいのよ、早樹ちゃん、こんなバカの言うことなんか聞かなくても。そんなことしてたら、プロレスラーになっちゃうわよ」美弥

「次のヒロインは君だ!」五十六

「あたし、プロレスラーになりたくはないな」早樹

「じゃあ、なにになりたいの」五十六

「やっぱり、お嫁さん、かな」早樹

「はは、くだらない」五十六

「えぇ!どうしてぇ?」早樹

「五十六っ、なんてこというのよ!」美弥

「だってさ、そんなの、努力しなくてもなれるじゃない、早樹ちゃんだったら。そりゃぁ、努力してもなれないやつもいるかもしれないけど」五十六

「誰のことよ…」美弥

「…なれるかな?」早樹

「大丈夫、きっとなれる、なんならおれが保証書を書いてやろう」五十六

「でも、無理だよ。五十六君、わかってない」早樹

「早樹ちゃん…」美弥

「なにが?」五十六

「あのね、五十六君。お嫁さんになるのは、たぶん、五十六君の言ってるように、簡単かもしれない。でもね、好きな人のお嫁さんになるのは…、きっと、…難しい」早樹

「ん…」五十六

「簡単だと思う?」早樹

「ん。悪りぃ、ごめん」五十六

「いいの。あたしこそ、ごめんね。変なこと言って」早樹


 しんとした状況で誰も話し出せなかった。美弥がぱんとノートで机を叩いた。

「五十六が悪いってことで、さぁ、続き、やりましょう」美弥

「ごめん、美弥ちゃん、あたし、帰る」早樹

 早樹は荷物を持って、出て行った。ありゃま、と言った五十六の頭を美弥が張った。

「なにすんだよ」五十六

「うるさい!よけいなこと言うから、早樹ちゃん居づらくなったのよ。わかってんの!」美弥

「だって、あんなに深刻に話すとは思わないじゃない」五十六

「女の子には、けっこう深刻なの」美弥

「そりゃ、嫁に行けないやつは大変だろうけど…」五十六

「誰見ながら言ってるのよ」美弥

「べつに~」五十六

「あたし、あの人、嫌い」由貴子

由貴子がぽつりと言った。

「え?」美弥

「あの人、いつもまじめにコンピューターの練習もしないのに、文句言ったり、五十六さんにからんだり、なにしに来てるんだろ」由貴子

「あ、早樹ちゃんは、けっこう天真爛漫なとこもあるから、そう見えるのよ」美弥

「ユッコが嫌いと言うことは、よっぽど悪いやつだな」五十六

「五十六!」美弥

「悪い友達を持ってるやつも、きっと悪いやつだ」五十六

バチンと音が響いた。

「それが、言いたかったのか、あんたは」美弥

「ジョーダンじゃないかぁ。もう」五十六

「ごめんなさい、あたしも、変なこと言って」由貴子

「いいよいいよ、今日はみんなおかしいんだ」五十六

「そうそう、こないだのチャットがうまくいって、緊張感がなくなって、それでね」美弥

「…でも、うまくいってたら、もっと仲良くなってると思うんですけど…」由貴子


 由貴子の台詞にまた、五十六と美弥は言葉に詰まった。

「いやぁ…、ユッコも今日はきびしいなぁ。ははのは、ってとこで、まぁ、時間が解決してくれるよ」五十六

美弥は無言で頷いた。

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