第12話 道標ない旅-12
月曜の朝、いつもより五十六は早く学校に来て、視聴覚室に入った。コンピューターを起動して、メールを開いた。そこには、五十六の待っていたメールがあった。
*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*
五十六さん、
メールありがとうございました。
チャット見てました。
みなさんてきぱきと返事を書いてましたけど、
本当は大変だったのでは?
わたしも参加しようと思ったのですけど、
誰かに見られていると思うと、
やっぱりできませんでした。
こうして、メールは送れるのに。
変ですか?
次のチャットも楽しみにしています。
ドリフレ
P.S.「五十六」ってどう読むんですか?
「ごじゅうろく」じゃないですよね。
*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*
五十六は返信のボタンをクリックすると、ゆっくりとワープロを打った。
*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*
ドリフレさんへ
お返事ありがとうございました。
もぉっと詳しい意見が欲しかったなぁ~。
見てるだけじゃなく、参加してっ!
と言いたいところだけど、
見てても面白いのが、チャットです。
何か意見があれば、どんどんメールでいいですよ、
送ってください。
よろしく!
>P.S.「五十六」ってどう読むんですか?
> 「ごじゅうろく」じゃないですよね。』
上の質問のお返事。
「五十六」は「いそろく」と読みます。
有名な軍隊隊長と同姓同名です。
知りませんでした?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
緑ヶ丘学園2年B組
コンピューター研究会会長
山本五十六
*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*
五十六は返送をクリックして、完了するとコンピューターを閉じ、教室へ戻った。
放課後にはまだ返事は来ていなかった。翌朝も早くに登校して、メールを開くと、今度は返って来ていた。
*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*
五十六さんへ
わざわざお返事ありがとうございました。
もっと色々言いたかったんだけど、
チャットは面白かったってしか言えなかったんです。
ごめんなさい。
だって、全国から色々質問がきてるんだもの、
信じられないって思いながら見てました。
あたしの知らないこともたくさんあって、
とっても面白かった。
これだけじゃあ、ダメですか?
あと、お名前の件。
わたし、まだ勉強不足でした。
ごめんなさい。
とっても、カッコイイ名前ですね。
尊敬してます。
それじゃあ、さようなら。
ドリフレ
*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*
五十六は画面を見たまま立ち尽くしてしまった。がらりと音がして振り向くと、美弥が入ってきた。
「あら、五十六、おはよう」
「あぁ、美弥ちゃんか。びっくりした」
「またぁ、朝からやってるのね」
「まさか。これさ」
「なに?」
「あ、ちょっと待って、これまでのメールも見せるよ」
五十六は、ドリフレとのやり取りを順に見せた。
「これ、あれ?」
「そう」
「ずっと、メールのやりとりしてたんだ」
「あぁ、うまく引っ掛かった」
「女の子だもんね」
「そう、しかも、うちの学校の子だ」
「え?」
「見ろよ、今日のメール。ここに、『あたしの知らないこともたくさんあって、とっても面白かった。』ってあるだろう。ということは、この学校の子だ」
「ふーん、それで、どうするの?ナンパするの?」
美弥は少し冷ややかに言った。
「違うよ、しかも、このメールの時間を見ろ、夕方だ。朝、メールを返したのに、夕方だ。ということはだ」
「なんなのよ」
「少なくともこの子は学校に来てる」
「だから、なによ」
「少なくとも、登校拒否はしてないってことだ」
「え?」
「よく見ろ、いいか、“Dream is my friend.”ってどういう意味だ」
「夢は私の友達」
「夢は、将来の夢?それとも、夜見る夢?」
「…夜」
「違う、この子は昼間、夢を見てる。誰も友達がいない、友達を作らないんだ。それで、昼間から夢を見てて、夢が友達なんだ」
「空想?…逃避?」
「たぶん」
「うちの学校なの?」
「たぶん」
「どうするの?」
「ほうっておいてもいい、この子がもうアクセスしてこないなら」
「え?」
「名前を伏せてる以上は、干渉できない。干渉してほしくない、と言ってるんだ」
「…ん、まぁ」
「そして、ある日、自殺するかもしれない」
「ちょっと、五十六、やめてよ」
「可能性はある」
「だけど、そんなの、この学校であるわけないじゃない」
「可能性はある」
「じゃぁ、どうするの。ほうっておけないじゃないの」
「罠を仕掛けるんだ、うまく、アクセスしてくるように。二回まで成功した。うまく名前を聞き出す方法はないか」
「罠って、そんなの」
「仕方ない。強引に迫れば二度とアクセスしてこない。とにかく、向こうから引っ掛かってくれなきゃ話にならないんだ」
「五十六、そんなの無理よ、あたしたちに。先生に言いましょう。そうだ、メールアドレスから割り出すって方法もあるわ」
「どうやって。自殺の可能性があるから、契約者を教えてくれってプロバイダーに言うのか?無理だ、そんなの。個人情報の管理は厳しいんだ。それに、自殺しない可能性もあるんだ。ただの対人拒否かもしれない。実際に、登校拒否してたとしても、教えてくれるわけはない。警察なんて、無力なんだ、事件が起こるまでは」
「五十六。ゆっくり考えましょう。夕方まで。…そうだ、みんなで考えて」
「いや、これは、内緒でやりたい」
「どうして」
「この子は、幸い、おれには心を開きつつある。おれ個人、に対してだ。それを大勢で対処していると知られたら、この子は消える」
「…そう。そうね。でも、五十六、あたしは協力させて、いいでしょ」
「ご意見番ということで」
「ありがとう」
「それと、ユッコも」
「あの子も知ってるの」
「初めのメールはユッコが送ってたから。それと、この子、1年だ」
「ユッコと一緒……」
「そう」
「…信じられない。でも、信じなきゃいけないのね」
「取り越し苦労でありますようにってね」
「五十六、こないだから、ずっと、それやってたのね」
「まぁね」
「あいかわらず、世話好きなんだから」
「おれのことは、よく知ってるだろ」
「トーゼン。くされ縁だもんね」
「くされ縁も縁のうちってね。今後ともよろしくお願いしますよ」
「はいはい」
「とにかく、夕方には返事を送ろう。また、返事を書かなきゃいけないような内容の」
「そうね、考えましょう。時間はあるから」
「ところで、美弥、何しに来たんだ、おまえ」
「あ、レポートを打ち出すつもりだったんだ」
「早くしろ、もう時間ねえぞ」
「え、うそ、えっと、どれだっけ…。あぁん、もう」
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