第1話 君と出会った僕は
一ヶ月程前、俺は一人で授業をサボって
仮にも殺人未遂事件だというのにそれでいいのか警察。
それで、そのまま学校に行ったわけだが、どうにも授業を受ける気にならなかったので(ピッキングで)屋上の扉を開けてサボっていた。
「……これで、何回目だっけ?はははっもう分かんねえな」
何度殺されかけてもこればっかりは慣れない。人の悪意が、いや、悪意よりも何倍も濃厚な殺意が、俺の事を捉え、俺を殺そうとしてくる感覚。
この、『殺され体質』のせいで俺は昔から酷い目に遭い続けた。
中学生の頃に誰かが言った。
「それ、お前が引き起こしてるんじゃねえの?」と。
当時の俺としては目からウロコが落ちる気分だったが、正直に言ってその解釈はすんなりと納得できてしまった。運が悪すぎてと言うには、あまりにも襲われる回数を重ね過ぎているし、実家や出生を死ぬほど調べたが、狙われるような経歴はない。
以来、襲われる度に俺は、「また、俺のせいで犯罪を引き起こさせてしまった」と思うようになった。ただの一般人だった人に犯罪歴を作らせてしまったと。
「そろそろ、死ぬべきだよな……」
屋上から下の景色を覗きながら呟く。
俺は、生きていてはいけない。このままのうのうと俺が生きていると、本来なら幸せに生きていけた人達の人生を滅茶苦茶にしてしまう。
息を吐く。
どうやら思っているより俺は緊張しているらしい。
……それもそうか。だって今まで殺されかけたことは何度もあったし、怪我をして本当に死ぬ一歩手前まで行ったことはあっても、実際に死んだことはないのだ。当たり前のことなのだが。
そんな弱い自分を心の中で殴り倒し、覚悟を決めなおし、さぁ飛ぶぞ、といったところで後ろの屋上に入るドアのほうから物音がした。
「うわ……!?屋上開いてるんだ。……ってええ!!?あ、あなた何やってるんですか!?死にますよ!?」
そう言って入ってきたのはかなりの美少女だった。うちの学年にいたら確実に噂されて名前は知っているレベルだろうから、後輩だろうか。場違いにもこの状況で俺はそんなことを考えていた。
「なんでボーっとしているんですか!ほら!早くそこから離れてください!」
推定後輩の美少女に強引に手を引かれ、呆気に取られていた俺はあっさりと屋上の端から離されてしまった。
「……おい」
「な、なんですか」
引っ張られたことに納得がいかず、少女に声をかけると少女は動揺したように声を出した。
「なんで人がせっかく覚悟を決めたのに水を差すんだ」
真面目な顔で少女にそう言うと、少女は一瞬ポカンとして何を言われたかわからないというような顔をした後、すぐに声を上げた。
「は、はああああああ!?」
「……うるっさ」
俺が思わずというように耳をふさぐと、少女はがーーっ!!と両手で全力で怒りを表現しながら詰め寄ってきた。
「うるっさじゃないですよ!うるっさじゃ!覚悟を決めてた?それってつまり死のうとしていたってことですよね!?駄目ですよ、そんなの!!いのちだいじにですよ!!」
さっきの三倍はうるさくなった。いい加減にして欲しい。あまり騒ぎ過ぎたらサボって屋上にいることがバレるかもしれない。
「うるせえ、分かったからとりあえず声を抑えてくれ」
そう言うと、少女は少し落ち着きを取り戻したようで、深呼吸した後真っ直ぐに俺を見つめた。
「すいません。取り乱しました。私は、二年の双葉未侑です」
「三年の國井春樹だ」
名乗られたので礼儀として一応返しておく。
「それで?先輩はどうしてあんなところで飛び降り自殺なんてしようと思ったんですか?」
それを聞いた俺は内心で、ええ、初対面なのにそんなこと聞いちゃうか。と思ったが口には出さない。……出したらまたうるさくなりそうだし。
「まあ、色々あるんだよ。辛くなって生きていたくなくなったんだ」
緩やかな拒絶。
普通の人ならこの言葉を聞いた時に、踏み込んじゃいけないことだと察して引いてくれる。
「だったら、私が相談に乗ってあげますよ!」
……どうやら、目の前の少女は普通ではないらしい。
「断る」
「なんで!?」
少女改め、未侑は意味が分からないというように、ずいっと効果音が鳴りそうなほど顔を近づけてくる。うおっ、まつ毛長っ……じゃなくて。
「いや結構ハードな話だからさ……」
「問題ないです!だから私に相談を……」
「断る」
「だからなんで!?」
コントか。と思わず突っ込みそうになる気持ちを抑えながら、俺は頭を抱える。とんでもないのに絡まれてしまった。しつこいし、何よりうるさい。これが美少女だから始末に負えない。
「でも、本当に相談しておいた方がいいと思いますよ」
急に真面目なトーンで話し出す未侑に俺は思わず動きを止める。
「だって本当につらいときに、誰にも話さずに一人で抱え込むのはとてもしんどいことだと思います。だから私はあなたのその辛さを、半分ことはいきませんけど、十分の一、百分の一だけでも背負って少しでも楽にしてあげられたらと思ったんです」
そう、真面目に語る未侑に俺は何の言葉も返せなかった。……だって、俺のことを見つめるその眼には一ミリの曇りもなく、いやでもそれが偽りのない本音だと分かってしまったから。
この一つ年下の少女は完全に初対面の俺を本気で助けたいと思っている。
「……なら、聞いた後に後悔、するなよ」
気づけば俺はそんなことを口にしていた。話せば絶対に怯えられるか、気味悪がられるか、信じてもらえないかなのに、どうしてか話す気になってしまった。
「……はぁぁ……殺人未遂の被害をそんなに受ける人がこの世にいたんですねぇ」
俺の話を聞いた未侑の反応は何と言うか、いまいちよく分からない反応だった。怖がるでもなく、信じないでもなく、ただ、頷いていた。
「……というか、もしかしなくとも三年生にいると噂の『死神』さんって先輩のことですよね」
「!?ゴホッ……勘弁してくれ、一人も殺したことがないのに『死神』呼びとか……」
思わず噴き出した。
あまりにも殺されかけすぎて死神に憑かれてるんじゃないかという噂が立ち、気づけば俺自身が『死神』と呼ばれるようになっていたというのがそのあだ名の真実なのだが、俺としては誠に勘弁してほしい呼び方だった。
というか、高三で『死神』呼びとかイタすぎるんだよ……。
「それで、先輩はこのまま生きていたら自分のせいで犯罪を犯す人が増えてしまうから、いっそのこと死んでしまおうって言うことですよね」
「あ、ああ」
……どうせ次に言われることは分かっている。自殺なんて馬鹿なことはやめろ。気にしなくていいとかの、自分はこんなことになったことがない癖に偉そうに持論を語るのだろう。
「分かりました。じゃあ、先輩その自殺、待ってもらってもいいですか?」
「……はっ?」
あまりに予想外な言葉に俺は固まる。自殺を待ってくれ?やめろじゃなくて?
「私が自殺を止めなかったことが意外ですか?そりゃ私は命を大事にしてほしいですよ?でも、私は先輩じゃないので、どれだけ苦しいのかなんて想像することしかできません。だから自殺するのをやめろ、とは言いませんし言えません。……けど、少しだけ待ってもらえませんか」
「待つってのは?」
俺がそう返すと、俺が興味を持ったことに安堵したのかホッと息をつく未侑。
「先輩、どうせ死ぬのなら「最高の死に方」をしたくないですか?」
最高の死に方……?
「人生が一回きりなら、死ぬのだって一回きり。それなら最高に満足のいく死に方で死にたいと思いませんか」
思えば、この言葉に心を惹かれた時点で俺は未侑の掌の上だったんだろう。
「だから、私が先輩を満足のいく形で殺してあげます」
「は……」
思わず、声が漏れていた。それは俺の中では最高の提案だったから。
誰かに殺してもらいたい。そんな願いは俺が心の中で抱えてきた望みだった。見知らぬ誰かじゃない。きちんと俺のことを認識して、俺と喋って、俺に向き合って、俺の『殺され体質』に吞まれずに正気のまま俺のことを殺してほしい。そんな願い。
どうです、先輩。と、未侑は続ける。
「私に、殺されてみませんか」
彼女はとても、とても、魅力的な笑顔でそう告げた。
「……ああ、その提案、のった」
こうして俺たち二人の、奇妙で歪な関係が始まった。
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