第5話 瞬きもせず-5
「そ。あたしのお母さんがファントム・レディだって教えてもらった時から、どうしてもファントム・レディになりたかったの。それで、どうしてもなりたい、って言ったら、由起子先生に言われたわ。『すごく辛くて、苦しい思いをすることになるわ。それでもいい』あたしは、それでもかまわない、どんなに辛い訓練でも受ける、と言い切った。でも、由起子先生は首を振ったの。『ファントム・レディの辛さはそんなことじゃないの。女であることを捨てられる?人間であることを捨てられる?孤独であることに我慢できる?』そう訊かれたの」
「朝夢見ちゃんは、何て?」
「できる、って。そしたら由起子先生も頷いてくれたわ。それから、本当に辛い訓練が待ってたわ。血反吐を吐くって言うのは、ああいうことなのね。しごきとか虐待だって、周りの人たちは思ったかもしれない。あたしは、ただ、ひたすら由起子先生に言われるままにトレーニングを続けた。何もかも捨てて」
「捨てた?」
「うん。もう、何もいらないと、思ってた。このまま死んでしまうなら、それでもいいと思ってた。……お母さんが、死んで自棄になってたのね」
「そう」
「あのね…、あたし、小さいころから柔道習ってたのよね。どうして始めたんだか、覚えてないんだけどね。それで、自分の腕っぷしに自信があったの。女の子がこんなこと言うのも変だけど。それで、ちょっと悪ぶってる男の子とかにずけずけ偉そうなこと言ったりして、まぁ、生意気な女の子だったのよね。それで、思い上がってたのかもしれない。ファントム・レディなんて、たいしたことないって。それを由起子先生は察してたのかもしれない。だから、厳しかった。それまでは優しい先生だと思っていた。優しい、たおやかな由起子先生に訓練してもらっても、たいしたことないって高をくくってたのね。それが、違ってた。由起子先生は、本物のファントム・レディだったの」
「怖かった?」
「んん。全然。ただ、凄かった。目の前に絶壁が立ちはだかっている、そんな雰囲気に変わった」
「よくわかんないわ」
「ん。前に行こうとするでしょ。でも、行けないの。登ろうとしても、掴むところも見出せない。迂闊に手を出せば、手を引き裂く冷たい岩肌。それが、あたしの前から消えない。そんな感じ…」
「それって、凄いわね…」
「凄かった…。穏やかな海原で、陸の見えない中をもがいているような、そんな感じ。
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