第3話 瞬きもせず-3
派手なビートが全身に響いてくる。漏れ聞こえる喧騒も今夜はどこか空々しく聞こえる。朝夢見は黙々と食器を洗いながら漠然と考えていた。沢村のこと?いや、ファントム・レディであることを。
―――ファントム・レディだから。
というのは、本当に断る理由になるのだろうか。それは、一体、自分にとって、どういうことなんだろう。
扉が開いて、音量が大きくなった。いつの間にか手が止まっていた。はっとして振り返ると、静香が食器を引き上げてきた。
「これも、お願いね」
はい、と返事を返して受け取ってシンクに放り込むと、洗い始めた。と、視線に気づいて振り返ると、まだ静香がそこに立っていた。じっと見つめていた。
「なにか?」と訊ねると、静香は小さく微笑みながら、言った。
「あんた、沢村さんに色目使ってるんでしょ?」
え?と思って、慌てて否定すると、
「いいわよ、別に。沢村さん、カッコいいからね」
と薄笑いを浮かべながら、身を柱にもたれさせ腕を組んで続けた。
「最近の中学生って、ホントませてるんだから」
「あたし、そんなじゃありません」
「いいわよ、ごまかさなくても。まぁ、あんなにカッコのいい、大学生のお兄さんじゃ、仕方ないわね。それに結構、発育もいいみたいだから」
「本当に、そんなこと…」
「でも、渡さないわ」
「え?」
「あたし、沢村さんのこと、前から好きだったの。中学生なんかに、絶対、譲らないわ。いいわね」
「…ぇえ」
朝夢見が小さく頷くのを見ると静香は満足したように出て行った。
朝夢見は放心したように、いま静香が出て行った扉を見つめた。そして、ようやく気を取り直してシンクに向かった。
かちゃかちゃと音を立てながら洗い物をした。が、頭の中には、今さっきまでの静香の顔が鮮明に映っていた。
―――どうして、あんなに、むきになるんだろう。
朝夢見にはわからなかった。
―――好きだとか恋だとか、どうしてあんなに、熱心になれるんだろう。
漠然とそんなことを考えながら、ただ、仕事を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます