第2話 瞬きもせず-2
まだ静かな、開店前のクラブのホールを掃除していると背後に人の気配を感じた。
―――殺気はない。
瞬時にそう思ってしまった朝夢見は自分のことがおかしくなってしまった。すっと背を伸ばして振り返ると、そこには、予想通り、沢村が立っていた。
「よぉ」
軽く手を上げながら沢村は近づいてきた。朝夢見も笑顔で応えた。
「こないだのこと、考えといてくれた?」
背の高い人だと朝夢見は思いながら、小さく頷いた。
「それで、返事は?」
「折角ですけど、お断りします」
笑顔でそう言った朝夢見のあっけらかんとした態度に、小さく舌打ちをした沢村は、じっと朝夢見を見つめて言った。
「あのな、俺は別に変なこと考えてる訳じゃないんだ」
「え?」
「お前、どうせ、大学生が遊びで声掛けてきたと思ってるだろう?そうじゃないんだ。俺は、ずっとお前見てて、なんて言うのかな…、うまく言えないけど、…かいがいしい、って言うのかな、そんな感じがしたんだ。それで、好きになったから…、その…なんだ…、……付き合わねえか、って言ったんだ」
「あ…、そ、そう…」
「あんまり、変なこと考えるな。俺は、女を軽く見てるようなヤツとは違うつもりだ」
「はい…。でも、そういう訳じゃないんです。あたし…、別の理由で、お断りしてるんです」
「なんだ、そりゃぁ?」
沢村は不満げにじっと朝夢見を睨んだまま、朝夢見の答えを待っていた。朝夢見は威圧されて次の言葉が出てこなかった。
その時、バックヤードから一人の女の子が入ってきた。
「あら、沢村さん、もう来てたんですか?」
「おう」
沢村が朝夢見越しに挨拶を交わした相手は、バイト仲間の静香だった。
「あゆみちゃんも、おはよう」
軽い足取りで近づいてきた静香は、ぽんと朝夢見の肩を叩くと、
「ごくろうさん」と言い放ち、沢村の腕にぶら下がった。
「ねえねえ、聞いて、沢村さん」
静香は今日大学でナンパされそうになったと言いながら沢村に媚を売っている。それを見ていると、静香が沢村にモーションをかけているのがわかった。朝夢見はモップを持ったままその場を離れた。沢村は朝夢見を呼び止めようとしたが、静香は駄々をこねるように、
「ねぇ、聞いてよ」と言って、それを阻んだ。まるで、わざと、沢村を朝夢見から遠ざけようとしているようだった。朝夢見はバックヤードに入り、モップを片づけてキッチンに向かった。
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