第8話 新春
年が明け。
出産予定日が近付いてきた。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう。ハル、待たせたね。もう、いつ産まれてきても大丈夫だよ」
朝一番に婚姻届を出しに行き、無事に受理されて。
明知探偵事務所の所長さんの奥さん(行政書士)がチェックしてくれてあったので、書類にも不備はなく、私は晴れて土岐田美晴になった。
ハル、と言うのは、瑛比古さんが名付けた赤ちゃんの名前。
男の子だったら
どちらにしても、ハルって呼ぶんだって。
性別はあえて訊かないでいる。
それから毎日、ずっと瑛比古さんは、お腹をさすっては「ハル」って呼び掛けている。
瑛比古さんの愛情を受けて、ハルちゃんはとっても順調に育っている。
予定日まであと、3日。
早く、顔が見たいな。
3日後。
きっかり予定日に、ハルちゃんは産まれてきてくれた。
ミチが助産師として付いていてくれたので、安心して出産に臨めた。
陣痛も短くて、でもやっぱり痛かったけど。
「ハル! 晴比古だね! 産まれてきてくれてありがとう!」
産まれたのは、元気な男の子だった。
ニコニコとずっとハルちゃんのそばに付いている瑛比古くん。
高校はもう自由登校になっていたけど、スカウトされて明知探偵事務所でアルバイトしていた。
でも、今日は絶対仕事に行かないって宣言して。
おばあちゃんや伯母さん、瑛比古くんの叔母さんがお見舞いにきてくれた時も、嬉しそうにハルちゃんを紹介していた。
愛されているね、ハルちゃん。
数日後。
経過は順調で、私は予定通り退院した。
もうすぐ立春とはいえ、まだまだ寒い。
でも、この日は、日が差して、ポカポカしていた。
まるでハルちゃんの帰りを、お天気も祝福してくれているみたい。
帰る場所は。
「我が家に着いたよ」
結婚するまでは、と瑛比古くんの家でなく実家にいたから、我が家として入るのは、今日が初めて。
瑛比古くんと初めて結ばれた、この家で、今度は家族としての生活が始まるんだ。
「瑛比古くん」
「なあに?」
「私と、結婚してくれてありがとう」
「こちらこそ、僕と結婚してくれて、ありがとう」
二人で見つめあって。
「ハルも、産まれてきてくれて、本当にありがとう。家族になってくれて、ありがとう」
すやすや眠る、ハルちゃんのほっぺたを、そっと触って。
「瑛比古くん、あのね」
「うん?」
「改めて言わせて。あなたと家族になりたい」
「もう、家族だよ」
「だから、改めて、言うの。あの時、私は、『うん』としか言えなかったから」
「うん」
「ふざけてる?」
「違うよ。あの時、涙ぐんで、でも一生懸命声に出して『うん』って答えてくれたことが、本当に嬉しかったから。だから、改めなくても、もう、気持ちは伝わっているから」
それから、瑛比古くんは、ドアに開けて。
「ただいま。そして、おかえりなさい」
「ただいま」
三人揃って、我が家の扉をくぐる。
これから、新しい生活が始まるんだ。
大好きな瑛比古くんと、可愛いハルちゃんと。
家族になって。
『おかえりなさい』
どこからか、優しい囁きが、聴こえてきた。
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