第5話 隠された真相
水曜日。
私は控えめに、でも、好感をもってもらえるように、シンプルだけど清潔感のある服装を選んだ。
淡いパステルブルーのブラウスに、濃い青のフレアースカート。ナチュラルメイクで。
「買い物に行ってきます」
そう、伯母さんやおばあちゃんには言い訳して。
こっそりトートバッグにお見合い写真を忍ばせて待ち合わせの喫茶店に行くと、すでに土岐田くんは到着していた。
商店街の喫茶店は、今日はお休み。
うちの商店街は水曜日にお休みの店が多い。
なので、今日は駅前の喫茶店を選んだ。
「……えっと、この人、地元の人じゃないんですよね?」
お見合い写真を観て、そう訊かれて。
「ううん、地元の人だけど」
「ああ、出身がってことじゃなくて、今住んでいるところって意味で」
「あ、それならそうね」
「東京方面かな? うーん、もう少し西?」
「東京だと思うけど」
「関西の方に行くこと、多いんじゃないかな」
実は、この時は知らなかったけど、勤めている酒造メーカーの本社が神戸で、出張が多かったんだって。
っていうか、人相観で、住んでいるところまで分かるの?
「……あんまり、おすすめできないです。もし出来るなら、身辺調査、お勧めします。お金はかかっちゃうかも知れないけど」
「え?」
「まだ時間があるなら、興信所とか。お見合いって連休中ですか?」
「ううん。都合が付かないからって、夏に延期」
「じゃぁ、かなり時間はありますね。あ、でも、結構かかりますよね……お金。どうしよう」
一人で納得して悩み始める土岐田くんだけど。
「ごめん、どういうこと?」
「あ、すみません。えっと……信じてもらえないかも知れないし、だから、きちんと調査してもらった方がいいと思うし……でも」
「信じるから、教えて?」
少し考えて、土岐田くんは教えてくれた。
人相占いって言うのは方便で、本当は、霊的な痕跡を観ているんだって。
万引き事件の時も、私の守護霊が土岐田くんに助けを求めていたんだって。
……信じられないけど、でも。
「あの万引きをさせられていた彼と、させていたヤツラの守護霊も、助けを求めていて。これ以上悪事を働かせたくないって。なので、ピンポイントで、分かったんです」
相手の素性まで言い当てていたのは、知り合いだったからじゃなくて、守護霊が教えてくれたらしい。
嘘みたいだけど、土岐田くんみたいな美形が霊感少年だっていうのは、ハマりすぎていて、信じちゃいそう。
「で、この人の守護霊も、何か教えてくれているの?」
「いえ、あの……この人の場合は、守護霊じゃなくて」
言葉を濁して、しばらく考え込んで。
「……女性の、生き霊が憑いていて」
それも、二人。
一人は東京で、もう一人は関西の方だという。
「単なるストーカーの可能性もあるんですけど、ただ、やたら『早く結婚して』って言葉が、両方から聞こえて」
「……二人もってなると、怪しいよね」
本気で信じていたかっていうと、まだだったけど。
土岐田くんの表情には、嘘がないように思えたから。
「興信所って、いくらくらいかかるのかな?」
アルバイトを初めてから今までのお給料は半分以上貯金してあるけど、足りるかな?
伯父さんか伯母さんに相談すれば、いくらかお金は出してもらえるかもしれないけど、何て説明すればいいだろう?
「……あの、美晴さん。僕の斜め後ろに座っている男性、知り合いですか?」
「え? ……ううん、知らない人」
って言うか、なんで後ろが見えているの?
「分かりました。店を出ましょう」
そう言うと、土岐田くんは、伝票を持ってスタスタとレジに向かった。
喫茶店を出て、そのままお店の外に出ると、近くの大きめの看板の影に身を隠す。
そのすぐ後に、慌てたようにさっきの男性が店から出てきた。
キョロキョロ辺りを見回す男性の前に、土岐田くんは突然身を乗り出すように駆けていって。
びっくりして慌てて身を翻す男性の腕を、パシッと掴んで、耳元で何かを囁いた。
それから、私を手招きして。
「とりあえず金銭面の問題解決、出来そうですよ」
ニヤッと悪者みたいに笑った。
……意外と、小悪魔っぽくて、悪くない。
惚れた欲目かもしれないけど。
男性は、地元の興信所の調査員だった。
土岐田くんに半ば脅されるようにして、事務所に案内され。
『
「……一応、守秘義務ってものがあってね」
探偵事務所の所長さん、っていう年配の男性が出てきて、困ったように土岐田くんと話して。
「でも、こっそり調査しているのが調査対象にバレたら、そもそももう調査継続は困難ですよね? それに、素人の調査対象にバレるようじゃ、調査能力、疑われますよね」
「いや、まあ……」
「いいですよ。黙っていても。そのまま調査して、報告してもらっても。相手、県会議員なんですよね。今後の信用に関わりますもんね」
「どうして、それを」
「簡単な論理ですよ。調査対象がお見合いを控えた女性で、そんな調査を依頼する人間なんて、ほぼ、そのお見合い相手の関係者でしょう? しかも、地元の興信所を使うなんて……」
「興信所じゃなくて、探偵事務所だ」
所長さん、苦虫を噛み潰したように、口を挟む。
っていうか、気になるの、そこなの?
「……地元の探偵事務所に依頼するなんて、依頼人も地元に住んでいる人間でしょう。とすれば、立場的にも金銭面から考えても、見合い相手の父親か、その手足となって動く立場の、秘書とか」
律儀に土岐田くんは言い直して。
「ノーコメントで」
そう、所長さんは答えたけど、ほぼ正解だってことだと思う。
「で、黙っている条件なんですけど」
返答にはリアクションしないで、土岐田くんは話を続けて。
「僕と会っていたことだけ、省いてください。あとは、品行方正な美晴さんに後ろ暗いことは、ないですから」
「……まだ、調査書には書いていないからなあ、省きようがないなあ」
言外に、記載しない、と所長さんは答えた、たぶん。
「で、もうひとつ」
「まだあるんか?!」
「まあまあ。これは、別の案件ですよ。依頼人は美晴さん。お見合い相手の素行調査を依頼します。彼自身は依頼人じゃないから、ギリギリセーフでしょう? なんなら、彼の愛人が対象でもいいですよ。そこから芋づる式に名前が出てきても、おかしくないし」
「……君、一体……」
「彼の仕事関係だと思うんですよ。水商売の雰囲気はしないし。東京の営業所と、神戸の本社辺りで。容姿も分かります」
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