第4話 初恋

 結局、服の下に本を隠していたことが発覚して、その高校生のグループは全員警察に連れていかれた。


 こっそり事務所で話を聞かせてもらえば、そして反省していれば、もしかしたら通報まではしなかったかも知れないけど。


 店頭で大騒ぎになってしまい、結局警察に通報せざるを得なくなってしまった。


「脅されていたみたいなんで」


 実行した男の子のことを、土岐田くんは警察官に説明していた。


 あと、私を罠に嵌めて脅していたことも伝えて。




「ありがとうございました。助かりました」


「たまたま、注文し忘れたものがあったから。偶然ですよ。明らかに挙動不審だったし、彼」


 私には分からなかったんだけど。

 頭のいい子は、観察眼も違うんだなあ。


 でも、あのグループのメンバーだって、同じ高校のはず。


 やっぱり、頭がいいだけじゃなくて、人間性も大事だと思う。


「初犯なら、注意だけで済むかも知れないけど、これだけ騒ぎになっちゃうと、学校にこれなくなっちゃうかもな。せっかくお姉さんが穏便に済ませようとしてくれていたのに、すみません」


「いえ、あのままだったら、もっと大変なことになっていたかもしれないし」


 ……あれ? でも、最初のやり取りの時って、土岐田くん、お店にいたっけ?


「そうですよ。美晴ちゃんは、知り合いからお預かりしている大事な娘さんなんだから、守ってもらえて本当にありがとうございました」


 奥さんがお茶を入れて持ってきてくれたので、私の疑問はどこかに飛んでしまった。


 今いるのは、本屋の奥の事務所。


 警察が来て騒ぎになったので、今日はもう閉店することになった。


 いつもは夜の7時まで開けているんだけど。


「いえ。むしろ、申し訳ないです。うちの高校の生徒が、こんなことして」


 土岐田くんは、まるで教師みたいに、恐縮して頭を下げた。


「生徒が何百人もいれば、そういう人もいますよ。それに土岐田くんのせいじゃないし」


「あれ? 僕の名前……」


「あ、すみません。いつも注文いただいているので、名前、覚えちゃいました」


「いえ、嬉しいです。こちらこそ、いつも難しい注文、受けてもらって」


 確かに、マニアックな注文もあるけど。

 地方の小さな出版社発行の書籍とか、探すの、ちょっと面倒な注文もある。


 でも、元々そういう本を探すのは私も好きなので、楽しんでいた面もあるし。


 そう伝えると、土岐田くんは嬉しそうに笑った。


 ……ホント、ハンサム。


 今までは単に外見的な感想だったけど。


 今日の一連のやり取りで、溢れる知性と正義感、その一方で控えめで穏やかな性格が分かって、いつも以上にキラキラして見えた。


 うん、とっても魅力的。


 男の子にも男の人にも、こんな感覚持ったの、初めてだ。


 初めて……恋?


 いやいや、だって、高校生だよ?


 年下だよ?


 高校三年生として、18歳? 17歳?


 私は今年で23歳だよ。


 5つも年下だよ?


 絶対無理!


 それに。



 ……もう、お見合いの相手も決まっているのに。


 まだ会ってないけど、決まったようなものだ。


 地元の造り酒屋の長男で。


 親は県会議員で。


 今は大手の酒造メーカーに就職して東京にいるけど、いずれは家をついで経営者になるんだって。


 


 仕事の予定次第だけど、5月の連休か、遅くもお盆休みにはお見合いのために帰省してくる予定で。

 

 そうしたら、そのまま結婚が決まる。


 お見合いの前までに、他に好きな人が出来たら、その人と結婚してもいいって、一応選択肢はもらってあったけど。


 でも、高校生じゃ、それも無理だし。


 


 ……無理、なの?


 胸が痛い。


 別におばあちゃんの勧める人と結婚することに、異論はなかったはずなのに。


 仕方ないとは思っていたけど。


 お見合い写真の男性は、それなりにハンサムで、一流企業に勤めるエリートだったし。

 

 亡くなったお父さんとお母さんも、お見合いで知り合って、結婚して。

 でも、とても仲が良くて、幸せそうだったし。


 でも……。


 なんでこんなに、胸が痛い……苦しい。



「あの、よかったらお礼に、何かご馳走させてもらえませんか?」


 気が付いたら、そう、土岐田くんに伝えていた。


 お礼にご馳走したいという申し出を、土岐田くんはすんなり受けてくれた。


 何がいいかって訊いたら、商店街の定食屋さんのランチメニューを答えた。


 きっと下手に遠慮しないで、安いもので、私の気が済むようにしておこうって気を遣ってくれているんだ。


 高校生なのに、なんだろう、この出来すぎ感。


「美味しいんですよね、あそこの唐揚げ定食」


 ……嬉しそうなので、それが食べたいって言うのは本音なのかも知れないけど。




 私が夜は出掛けられないので、ランチはとても都合がよかった。

 土岐田くんのスケジュールに合わせて、次の土曜日にランチに行くことになった。


 私は仕事の日だったんだけど、奥さんが「その日はダンナも配達はないし、中抜けしても大丈夫よ」と、時間休にしてくれた。


 まあ、同じ商店街の定食屋さんだし、そんなに時間はかからないんだけど。


「せっかくだから、映画でも観てきなさいよ」


 と、優待券までくれたので、お言葉に甘えることにした。


 まあ、映画館も商店街にあるんだけど。




「唐揚げ、好きなの?」


 土曜日。


 約束通り定食屋屋さんで唐揚げ定食をご馳走して。


 ハンサムな分、大人っぽく見える土岐田くんだけど、とっても美味しそうに食べる顔は、何だか可愛かった。


「あ、好きです。よく、母が作ってくれたんで」


 作って、くれた?


 過去形?


「……うちの両親、僕が小学生5年の時、交通事故で亡くなって。だから、今は父の妹の、叔母の家で世話になっていて。あ、叔母さんは、とっても良くしてくれてます。でも、時々母の作ってくれた味が懐かしくなって……このお店の唐揚げに、似てるんです」



 土岐田くんも、両親を交通事故で亡くしたの?


 私は小学生3年生の時だったけど。


 なんてことだろう、よりによって、こんなところが共通しているなんて。


 両親が交通事故で亡くなったなんて、こんなお揃いなんて、こんな嫌な巡り合わせなんて、ちっとも嬉しくない!


 でも。


 それは、あまりにも強い共通項で。


 まるで傷を舐め合うみたいで、いやだったけど。


 でも、分かってしまう、その寂しさ、やるせなさ。


 他の人には分かってもらえない、心にぽっかり空いた、穴。


 それが、見えてしまって。

 

 私も、ポツリポツリと、自分の話をした。


 両親のこと、伯父さん夫婦のこと、おばあちゃんのこと。


 そして、お見合いのこと。


「美晴さんが納得しているなら、僕が口を出すことじゃないのかも知れないけど。でも、おばあさまは、美晴さんに幸せになってもらいたいんだと思います。ただ、その幸せの形が、良いところへ縁づくっていう、ちょっと時代錯誤な認識なだけで。結婚を延期してくれているのは、美晴さんがちゃんと訴えたからでしょう?」


「でも、私も、結婚そのものには、抵抗はなかったのよ。祖母が選んだ縁談なら、間違いはないと思っていたし」


「……思っていた、ってことは、今は不安なんですよね?」


 ……不安なわけじゃなくて、今は。



 好きな人が、出来ちゃった、から。


 なんて、本人を前にして、とても言えない。


「まあ、そんな、感じ」


「よかったら、お見合い写真、見せてもらえますか? 僕、こう見えて、人相占いとか、得意なんで」


 人相観なんて当てにならないと思ったけど、でも土岐田くんの観察眼が鋭いことは証明済みだ。


 それに。


「じゃあ、お願いしようかな。次にお店に来るのは、いつ頃?」


 本当は、お店以外で会いたかったけど。


「プライベートなことだし、また、他の場所で会いませんか?」


 願ってもないことで、私は二つ返事で了承した。


 次の水曜日、大型連休の狭間で、土岐田くんは学校が早終わりだというので、午後に喫茶店に行く約束をした。


 その日は定休日なので、私もお休みだし。


 


 食事のあと、映画を観に行って。


 ちょうど観たかった邦画が上映していた。

 少しコメディっぽい内容だったので、もしかしたら土岐田くんの趣味に合わないかも、って思ったけど。


「明るい話、好きですよ。笑うと気分転換になるし」

 

 観たいと思っていたと言われて。


 また気を遣っているんじゃないかって心配したけど、大笑いして観ていたので、杞憂だったみたい。


 うん、好きだな、こういうところ。


 単純に楽しみたい、色々難しい理屈で考えたくない作品ってあるよね。


「勧善懲悪って、ご都合主義だけど、スカッとします。だから、時代劇の、テンプレパターンも好きですよ」


 夕方の時代劇の再放送もたまに観ているって聞いて、嬉しくなっちゃった。


 きっと、彼との生活は、楽しいだろうな。



 ……ちょっと飛躍しすぎ!

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